結婚、2人の事情(3) 「U30のコンパス」婿入りご無用「僧侶宣言」   実家の寺も彼氏も大切

 

 

 「お寺は私が継ぐで、気にしんといて」。カフェでチャイを飲み干した 藤原桜子 (ふじわら・さくらこ) さん(23)は彼氏に伝えた。「婿入りしてお坊さんにならんと駄目かな」と漏らしていた彼の表情が和らいだように見えた。理学療法士を目指し岐阜市の短期大学に通っていた2013年秋、決意の跡継ぎ宣言だった。

 父親(56)は市内にある浄土真宗の寺院の住職。3姉妹の長女で男兄弟はいない。子どもの頃の夢は「のほほんとしたお嫁さん」。23歳までに結婚しようと思ったが、寺のことは頭になかった。

 意識が変わったのは、短大進学後だ。病理学を学び、父親にもしもの事があったらと気になり始めた。寺の行事の時にはそばにいて当たり前のように手伝っていたが、父親の代わりはできない。ハルコばあちゃん、レンカおばちゃん…。かわいがってくれた 檀家 (だんか) の人たちの顔が浮かんだ。

 短大3年になった13年春。寺を継ぐ決心はしていなかったが、仏門に入るため試験勉強を始めた。前年から付き合っていた同級生の彼はサラリーマン家庭の長男。2人で会う約束より寺の行事を優先させることに違和感を持たれ、けんかになったこともある。まず行動し、動きながら考えるしかないと思った。

 試験に合格し、夏休みに京都市の寺で11日間の研修を受けた。読経や座学など1日計10時間。「僧侶の男性を婿にもらうのが楽なんかな」。そんな弱音は一緒に学ぶ仲間と励まし合ったり地元の寺を紹介し合ったりするうちに消えた。

 14年から理学療法士としてクリニックに勤めながら、休みの日には父親に付き添って檀家を回りお勤めを果たす。

 彼とは結婚の話が進んでいるわけではない。ただ「僧侶を婿に、なんてもう考えなくていいんだ」と肩の力は抜けた。寺のことも以前より気兼ねなく話せるようになった。けんかも減った。

 「お葬式があるで、ごめん」「いいよ、デートは今度やね」。こんなやりとりに今は幸せを感じる。(文中仮名、共同=大倉たから24歳)

 

 

▽取材を終えて
 藤原桜子さんは一つ下の幼なじみでしたが、誰とでもすぐに仲良くなってしまう社交的で、まっすぐな性格がかっこいいなと思っていました。中学を卒業して会わなくなっても、ひそかに彼女のことは気になっていました。私の親を通じて、彼女が僧侶と理学療法士の「二足のわらじ」の道を選んで頑張っていると知り、久しぶりに連絡を取ったのが取材のきっかけです。

 「ドラマみたいな、僧侶との恋バナが聞けたりして」という能天気な予想は外れ、お寺の将来と、普通の家庭で育った彼氏の気持ち、その両方と向き合って「住職になる」と決心した力強さにガツンとやられました。父親の隣でお経を読む凜とした法衣姿、檀家さんとの絆の重みを話すまなざし、見守ってくれる彼への感謝の言葉。久しぶりに会って取材した彼女は、夢だった結婚を焦らず、周りの大切なものと向き合う大人になっていました。

 実家の環境や価値観の違いを言い訳にしないで、好きな人と結婚できる道を模索してきた彼女はやっぱり私の憧れの女性です。

【一口メモ】焦らず向き合う

  藤原さんは一つ下の幼なじみ、日が暮れるまで缶蹴りした仲だ。10年ぶりに再会し「恋バナ」をするのは照れくさかった。 檀家 (だんか) との絆や見守ってくれる彼への感謝の気持ちを語る時のまなざし。お経を読む 凜 (りん) とした姿。夢だった結婚を焦らず、地に足をつけて大切なものと向き合う大人になっていた。昔と変わらないまっすぐな性格もまぶしい。私の憧れの女性だ。
(年齢、肩書などは取材当時)

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