研究の現場で(2) 「U30のコンパス」物理学で人と社会考える   最先端目指し日米行き来

 

 

 「何だか大仏みたいな形だね」。物理学を学ぶ大学院生らが集まった大阪府立大の講義室。壇上で研究成果を発表する竹内雄哉(たけうち・ゆうや)さん(27)が宇宙の進化の可能性を表した図を指し示すと、教授から奇妙な指摘が飛んできた。「後光が差してます」と切り返し、学生らの笑いを誘った。

 博士課程で宇宙論を専攻する大阪市出身の竹内さん。日米を行き来して研究に励む。「物理と数学はパズルみたいで面白い」と感じ、物理科学科へ進学。入試の成績は合格ラインぎりぎりだった。「引っ掛かってほっとした」と笑う。

 ニュートンら先人の知恵の結晶に触れる毎日は刺激的だった。しかし教授からは「まだ分かっていない分野に挑戦しなさい」。新しい知識を自分で生み出すという発想に、魅力を感じ始めた。

 「やるなら最先端のことをやろう」。修士1年の時、米テキサス大オースティン校の親しい博士を頼って渡米。その後、定期的に留学するように。受け入れ先が決まらない時もあったが、その際は知人の研究者に依頼のメールを送り続けた。

 オースティン校では、著名な教授の講義にこっそり潜り込んだ。ばれて身元を問われ「著書を読んで、どうしても話を聞きたかった」と即席で返答。出席を快諾され、親しく議論を交わす仲に。

 日本人としての背景も実感した。研究対象は確率を用いた議論が必要となる複雑な現象(カオス)。米国では全てを一つの原理で説明しようとする傾向が強く、カオスについての議論を好まない人もいる。「一神教の影響かな。こっちの考え方は多神教的。この状態ではこの神様が働く、みたいに考えると面白い」

 現在は日本に戻り、博士論文を執筆中だ。修了後の進路は未定だが、民間企業に就職しようと考えている。留学時代に人との交流を重ね「人間への興味」が自分の原動力だと気付いたからだ。

 「全てを俯瞰(ふかん)して眺める物理学は、人や社会を考える際の軸になる。これを上手に生かし、社会に貢献したい」(共同=七井智寿30歳)

 

 

▽取材を終えて
 竹内さんと初めて出会ったのは、海外への留学経験を語り合う学生主導のイベントを取材した時だった。魅力的な参加者が多く集う中で、物理学について熱く語る姿はひときわ印象的だった。物理学は「小難しい学問」という先入観があったが、竹内さんの語り口は軽快で分かりやすく、みるみる引き込まれた。海外経験が豊富であることも、研究室にこもりがちという私の持つ物理学者のステレオタイプを見事に壊してくれた。

 取材の際は「その質問の趣旨は何でしょう」「話の着地点が見えません」と頻繁に聞き返してくる。とことんまで議論しようとする姿勢はいかにも研究者らしく、何事もなあなあで済ませてしまいがちな自分を省みて少し恥ずかしくなった。

 大学院の修了後は「まったく違う分野に行きます」とさっぱりしている。思わず「もったいない」と叫んでしまった。その時、研究に携わった人間は研究職でしか活躍できない、というもう一つの思い込みが私の中にあることに気付いた。自分の専門を生かし、企業の中で活躍する道だって当然ある。新しい挑戦を、心から応援したいと思う。

【一口メモ】好奇心の塊のよう

 竹内さんは美術館の企画展に行くと、最低でも2回は順路を歩くという。1回目は主催者の狙いについて考える。2回目は壁に掛かった解説を読み、自分の読みが正しかったか答え合わせをする。外れていても「そこから新しい問いを立てられる」と屈託ない。好奇心の塊のような人だと感じた。さまざまな現場を取材する記者の私も、その態度を見習いたい。
(年齢、肩書などは取材当時)

© 一般社団法人共同通信社