足元まで隠れるロングスカートに、白いエプロン姿。富山県小矢部市で5月末、喫茶店「喫茶メルト」を開いたMiyaB(ミヤビ)=年齢非公表=さんだ。「19世紀英国風のメイド姿です。好きなものを全部詰め込んだら、こうなりました」
店は高台のゴルフ練習場敷地内にあり、棚田が広がる日本の農村風景を窓から望む。一方、店内のイメージは英国の邸宅応接室。メイドや英国関連の専門書や漫画が並び、ボールを打つ快音が響く。「不思議な場所ですよね。でもゴルフもメイドも英国発祥ですから」
子どもの頃から、手作り菓子を友達に食べてもらうのが好きだった。「お菓子屋さんになりたい」と思ったことも。だが自分で店を持つ選択肢は考えもしなかった。
服飾関係の仕事に就いたが「自分の代わりはいくらでもいる」と納得できず、職を転々とした。そんな悩みを市内のカフェで打ち明けた。
「喫茶店をやりたかったことがあるんだよね」。すると「やってみればいいじゃない」。自分より若い女性店主に言われ、心を決めた。
趣味だった菓子作りが紅茶と軽食を楽しむ英国の「アフタヌーンティー」への憧れにつながり、コスプレ好きも相まって「お客さんをもてなすメイドになろう」と今の姿に。2014年10月ごろから、県内で開かれるイベントで即席の喫茶店を開き、修行を積んだ。
固定客もでき、いざ念願の店舗を開こうとすると、父は「失敗したらどうする」と反対した。一方で起業経験者は皆、背中を押してくれた。反対を押し切り準備を進めていくうちに、父も応援に回っていた。
夢を追うきっかけをくれたカフェが空き店舗になり、喫茶メルトが後を継いだ。店の名前には、紅茶や菓子を通じて、来店客同士が「メルトして(打ち解けて)ほしい」との願いを込める。
演劇も好きで、店は自身が「本格的な英国のメイド」を演じる場だ。「『お帰りなさいませ、ご主人さま』とは言いませんよ。店の雰囲気を楽しんで、自由な時間を過ごしてほしい」と笑った。(共同=横田敦史28歳)
▽取材を終えて
以前東京で勤務していたとき、夜に同僚と、とあるメイド喫茶に入ってお酒を飲んだことがあります。仕事の愚痴を言い合っていると、「ここは夢の国なんだから、現実のお話なんてしちゃダメ~!」と頬を膨らませたメイドさんに怒られました。夢の国に自由はないのか。でも、仕事で怒られたときに湧き上がるような苦々しい気持ちは、不思議とありませんでした。お酒がうまい。
そんなファンタジーなやり取りはしない、落ち着いた雰囲気の本格的な英国風喫茶店「喫茶メルト」を営むMiyaB(ミヤビ)さん。「お店は私が自由にやっているんだから、お客さんにも自由に過ごしてほしい」と話しています。
それならば、僕も自由に過ごさせてもらおう。取材後、英国紳士になりきるために紅茶をいただきました。葉は県内産だそう。優しい香りを楽しみながら英国に関する見識を広げようと、専門書が並ぶ本棚に手を伸ばしました。しかし気付いてみると、僕の手にはマンガが。そう、喫茶メルトはマンガも充実しているのです。
一度手に取った本を棚に戻すのもはばかられるので、読みました。日本の商社に勤める男性が会社に見捨てられ、違法な「運び屋」の一員になる内容です。あれ、これイギリスもメイドも関係なくないか?そう思って読み進めていたら、銃をぶっ放す武闘派メイドさんが出てきました。2巻の途中まで読んで店を後にした僕の英国紳士への道のりは遠いみたいです。その後自分で続きを購入し、5巻まで読み終えました。
【一口メモ】地元が好き
なぜ多くの来客が期待できる大都市ではなく、人口3万人ほどの富山県小矢部市で開業したのか。MiyaBさんは「地元が好きのひと言」と話す。決心してからは、起業経験者の話を聞いて回り、移動式の喫茶店などで経験を積んだ。地元活性化にも一役買いたいという。笑顔で夢を語る裏には、地道な積み重ねがあった。
(年齢、肩書などは取材当時)