遊休不動産で町変えたい   元県職員、転身に迷いなく 自分で始める仕事(3) 「U30のコンパス」

 

 

 「めっちゃ、格好いいですね。このロケーションは最高です」。南海電鉄和歌山市駅から徒歩2分の日本酒バー「水辺座(みずべざ)」。仕事帰りに上司と訪れた男性客(33)が声を弾ませた。店の扉を開けると、奥から差し込んでくる日の光で一気に視界が開け、眼下に川が見渡せる。

 店主の武内淳(たけうち・じゅん)さん(32)は元和歌山県職員。3月末に退職後、町づくり会社「宿坊クリエイティブ」(和歌山市)を起こした。遊休不動産となったビルなどを改修して町を活性化させる事業に取り組む。手始めに5月、市内の空きビルに水辺座を開業した。

 和歌山市出身。大阪大大学院で都市計画を学び、「地元に貢献したい」と2008年に県庁に就職。地域の建築行政や空き家対策を担った。定年まで公務員として勤め上げることに、特に疑問はなかった。

 12年ごろ、先輩の紹介で「リノベーションスクール」という活動を知った。元々は北九州市で始まった、遊休不動産の活用を通じた都市再生手法を学ぶ場だ。

 14年には和歌山市でも市主催のスクールが開かれた。市が所有者から提供を受けた空き家について、武内さんは建築士や不動産業者などの受講者仲間と徹夜で事業計画を練った。この体験から「リノベーションによる町づくりが、町を変えるエンジンになる」と確信。民間の立場から町づくりをやりたい気持ちが抑えきれなくなっていった。

 昨年11月、3回目のスクールで、水辺座が現在入るビルに出合った。和歌山城の外堀だった川が目の前を流れ、老舗の酒造会社を対岸に望む景色から着想を得て、県内産の日本酒や食材を提供する計画案ができた。改修費など約1250万円は貯金や融資で賄った。

 今は水辺座を軌道に乗せることが最優先だが、目指すのは、公共の遊休不動産を生かしてビジネスにつなげる「公共を担う民間人」だ。「道路や水辺の空間を使った事業提案など、民間と行政の橋渡しをしたい」。口調に迷いはなかった。(共同=岡田健太郎32歳)

 

 

▽取材を終えて
 和歌山は記者生活2年目から4年目を過ごした思い出の地です。大阪のような華やかさはありませんが、どこか懐かしく、また来たくなる味わい深いところです。そんな和歌山で、市内はさんざん回ったと思っていたのに、恥ずかしながら水辺座に入るまで和歌山城の外堀だった川を気に掛けたことはありませんでした。 自分たちの町の「価値」って案外、本当に身近なところに眠っているのかもしれません。

 武内さんは一番の地元の人なのに、その魅力に気がついて事業につなげました。まっすぐで熱い人です。誠実すぎて、質問への答えがやや固くなりがちだったのは、元公務員の方ならではだなと思いました。

 取材では、数年後までの事業プランや工程表も見せていただき、勢いだけの決断ではなかったことがよく分かりました。「失敗を恐れず、まずやってみることが大事。やりたいと思ったことで飛び出すと、違った景色が見えてくる」。30歳を過ぎての挑戦に不安はなかったのかと何度も問う私に、同い年の武内さんはきっぱりと、こう答えてくれました。

 翻って自分はどうだろう。初心を忘れていないだろうか。「守り」に入っていないだろうか。

 改めて問いかけました。

【一口メモ】初心変えない力強さ

 「失敗を恐れず、まずやってみることが大事。やりたいと思ったことで飛び出すと、違った景色が見えてくる」。30歳を過ぎての挑戦に不安はなかったのかと問う同い年の私。武内さんの答えに「ぶれ」がないのは、地元に貢献したいという初心が公務員になった時と変わっていないからだろう。年齢は関係ない。志を貫くことの力強さと格好良さを教えてくれた。
(年齢、肩書などは取材当時)

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