就活やめた!ドラマーに   「やりたい」を追い続ける いつかを夢見て(1) 「U30のコンパス」

 歩む道は人と違うけれど、信念を貫けばきっと夢をつかめるはず。「ドラムの音が体から離れない」と就職活動をやめ、音楽の道に進むことを決意した26歳。海外での経験をきっかけにすし職人を目指し、独学で修業する25歳。人見知りの自分を変えようと、高校卒業後にメタルバンドに入り、ボーカルを担当する24歳。目標に向かう男性3人の生き方を描く。

 

 

 

 「俺、就活やめるわ」

 3年前、大学に近い東京都内の中華料理店での飲み会。遅れて来て店に入るなり、そう言った。ゼミ仲間はあぜんとした。だって4年生の彼は大学に残り、就職活動を続けると決まっていたはず。数日前が締め切りだった卒業論文はあえて提出しなかった。みんなが突っ込んだ。「じゃあ、何のために留年したんだよ」

 アバシリさん(26)=本名非公表=は翌年の2014年、ロックバンド「クウチュウ戦」にドラマーとして加入した。好きな言葉は「やりたいことがやりたい」だ。

 幼いときに母親と行ったライブでドラムに出会い、ねだって電子ドラムを買ってもらった。ロックやジャズが好きになり、高校時代に慶応大のジャズサークルのライブを見て「かっこいい」と進学先を決めた。音楽を愛する仲間に囲まれ、ただ楽しかった。一方で「就職したら音楽は控えないと」とも考えていた。

 いざ就活が始まると行き詰まった。スーツ姿で企業説明会に集まる学生の群れ。「貴重な話ありがとうございます」って、みんな本気で言ってるの? 気分が悪くなりトイレに逃げ込んだ。「俺はここでは生きていけない」。そう自覚した。

 ドラムはたたけば音が出る。だから巧拙の差が出やすい。加減一つでバンド全体の流れが変わる。その喜びが「体にくっついちゃって離れなかった」。やりたいとか、やりたくないとか、今回ばかりは別問題。「離れられないから仕方ない」と就活をやめた。

 クウチュウ戦に誘われ、ロックのドラムをたたき始めた。アルバイトをしながら音楽活動を続ける生活に余裕はない。だが、今年8月にはミニアルバムが発売され、ライブにも150人程度の観客が集まる。

 3年前に「就活やめる宣言」をした中華料理店で取材、目標を尋ねた。「今は自分のペースで活動できないけど、知名度を上げてもっとやりたいことをやる」。いつも通り答えた後、ちょっと考え「あと留年した分の学費を親に返済しなきゃな」と笑って付け足した。(共同=関かおり26歳)

 

 

▽取材を終えて
 同じゼミで卒論を書き、ゼミ仲間で温泉旅行にも行ったし、中華料理店に集まって散々飲み会をしたのに、そういえば演奏中のアバシリを見たのはこれが初めてでした。大変失礼ながら、ドラムを「リズムを刻むためのもの」くらいに思っていたのですが、彼のドラムは大迫力の「音楽」で、動画を撮影しながら思わず息をのみました。リズムを刻むだけなんてとんだ勘違いでした、ホントすみません。頑張れよ。

【一口メモ】クウチュウ戦に入ったのは

ロックバンド「クウチュウ戦」のライブ。右端はアバシリさん=東京・六本木

 アバシリさんは大学のゼミの同期だった。所属するクウチュウ戦は4人編成のロックバンド。加入を持ちかけられたとき「この人たちと音楽をやりたいと感じた」という。学生時代から何度この言葉を聞かされただろう。「やりたいことがやりたい」という彼の口癖も、中華料理店の味も、大学生のころと全然変わっていなかった。
(年齢、肩書などは取材当時)

© 一般社団法人共同通信社