弟子入りせず寿司店開業目指す 大学院挫折、料理店巡り味修行 いつかを夢見て(2) 「U30のコンパス」

 

 

 9月上旬、名古屋市にある老舗すし店。カウンター席の若い男性客が、握ってもらったものをスマートフォンで撮影し続けた。「どこのハモですか?」「しょうゆに何か混ぜていますか?」。矢継ぎ早の質問でピリッとした雰囲気が漂ったが、ひたむきな姿勢に大将もにこやかに語り始めた。

 客の信田健斗(のぶた・けんと)さん(25)は、2017年夏の「即開業」を目指し、独学で“すし道”を歩んでいる。一人前になるまで、10年程度の下積みが必要とも言われる世界。だが、ガイドブックで高く評価された店の中には、すしの専門学校を卒業してすぐ出店した例もある。弟子入りしない道を行くことに決めた。

 名古屋大を卒業し、海外就職を夢に台湾の大学院へ進んだが、挫折した。「すしは海外で人気。握れたらいろんな国で働けるかも」。15年11月、東京都内ですし職人養成学校の2カ月履修コースに入り、包丁の扱いや握り方の基礎を学んだ。

 今春、タイで飲食業界を狙って就職活動中、一流の呼び声が高いレストランで食事した。前菜、一口大に固められたヨーグルトの玉をほおばると、口の中にカレースープが広がった。おいしくて笑いが止まらなかった。

 それまで「就活でアピールできる経歴」にすぎなかった、すしへの思いが一変。「自分の店を開いて人を感動させたい」と腹をくくった。インド人の店長も「すしは私のひらめきの源。日本の食材は最高だよ」と背中を押してくれた。

 帰国後、ブドウ農園で短期集中のアルバイトをして貯金。ヒッチハイクですし店や日本料理店の食べ歩きを始めた。食材の選び方から調理の仕方まで、ヒントを一つでも多くつかみたくて。

 東京・銀座から九州まで各地を巡り、9月上旬、愛知県豊田市の実家に帰省した。友人を招き、イカそうめんやマグロと海ブドウをネタにしたすしを握って振る舞った。「しょうゆの代わりに、塩を付けて食べるのは? どんな塩が合うかな?」。試したいアイデアが、どんどん増えている。(共同=大倉たから25歳)

 

 

▽取材を終えて
 信田健斗さんは大学時代の友人です。韓国、アメリカ、台湾と世界を飛び回っていたので、海外で活躍する人になるだろうなと勝手に思っていました。全国のすし店や料理店をまわるヒッチハイクの旅の途中、宮崎市で卒業式以来の再会。

 「大学院をやめた」と聞いて驚き、「すし店を開く」と聞いてさらに驚きました。でも嘘みたいな話にわくわくしました。取材中、彼が握るおすしを食べさせてもらいました。あたたかいシャリ、つんとこないしょうゆ、すしに合うさわやかな焼酎…。旅で学んだアイデアがたくさん詰まっていてほっぺたが落ちそうでした。開店が待ちきれません。老舗にも負けないでほしいです。

【一口メモ】どんな店になるかな

名古屋市の老舗すし店で、スマホで握りを撮影する信田さん

 信田さんは韓国や米国にも留学。海外で働くことを目指していた。なのに、突然「日本ですし店を開く」。びっくりしたが、わくわくもした。日本国内を食べ歩き、店主や常連客の話を聞き、各地のいいとこ取りをした試作のすし。私も食べさせてもらったが、思わず顔がほころんだ。どんな店になるのか楽しみ。老舗に負けないでほしい。
(年齢、肩書などは取材当時)

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