漁協の「母ちゃん」研究   食堂で働く中国人留学生  国を越え、つながる仕事(2) 「U30のコンパス」

 

 

 「生しらす丼定食二つで1800円です」―。港の食堂に威勢のいい声が響いた。エプロンにバンダナ姿の店員に交じり注文を取る女性は、中国人留学生の杜瑩(と・えい)さん(27)。茨城県大洗町の食堂「かあちゃんの店」でアルバイトをし、漁協で働く女性たちの研究を続けた。成果は修士論文にまとめて今春、茨城大大学院の修士課程を修了した。

 店は太平洋に臨む大洗港のそばにあり、大洗町漁協の直営。漁師の妻や娘を中心に45人ほどが交代で切り盛りする。かき揚げや刺し身をあふれるほど盛った定食が人気で、休日には午前10時の開店前から行列ができる。

 杜さんは中国・吉林省の大学で日本語を専攻し、2011年3月に来日。東日本大震災の直後で親戚が心配する中、父親が「行ってこい」と励ましてくれた。日本語学校に2年間通い、茨城大に。「研究を通じて人に会い、もっと日本を知ろう」と、聞き取り調査などフィールドワークを重視する人文科学研究科のゼミに入った。

 研究対象が決まらず落ち込んでいた時に偶然、大洗町の漁師を扱った論文で「かあちゃんの店」を知った。震災で津波被害に遭いながら、3カ月で再開していた。

 「津波を乗り越えたパワーの源が知りたい」と、14年夏に「働かせてほしい」と直談判。当初は断られたが、別館ができたのを機に同年冬から週3回ほど働き始めた。

 仕事の合間に、一緒に働く女性たちに店の人気の理由を聞いてみた。「安くて母ちゃんが美人だから」。答えは返ってきたものの、会話は一言二言で途切れて続かない。

 「長く付き合い、信頼関係を築こう」と実感。まずは配膳や仕込みをしっかりこなそうと頑張った。そのうち、自然とじっくり話す機会が増え「母ちゃんたちに認められた」と感じた。今では「えいちゃん」と呼ばれ「孫みたい」とかわいがられる。心の内や店の裏事情も話してもらえた。

 

 修士論文では、店が港の人々や漁協に与えた影響をジェンダー論の視点で考察。女性が働きに出ることで、漁師の夫が家事を手伝うようになるなど、家庭や漁協で男女関係に変化が生まれたことが分かった。

 働く前、日本の女性はもの静かなイメージだった。打ち解けた今は、店の女性の豪快な笑い方や話しぶりが中国の女性と似ていると感じる。

 「自分の目で確かめることで、日本の本当の姿が見えた」。修士課程を終えて就職活動中で「多くの人と出会いながら両国を結ぶ仕事がしたい」と話す。(共同=東岳広26歳)

 

 

▽取材を終えて

 杜さんは学費や生活費を店でのアルバイト代や奨学金でまかない、自立した生活を送る。来日して「どんな困難も乗り越えられる」と自信がついたという。日本の若者には「国内に閉じこもらず、海外に出て学んで」とエールを送る。留学でなくても、知らない世界に飛び込んで得るものは大きいだろう。記者としても、杜さんのように自分の目で現場を見る心を大切にしたい。
(年齢、肩書などは取材当時)

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