遺族のつらさ受け止め   解剖、未来の命に  死と関わる仕事(2) 「U30のコンパス」

 

 

 20代の息子が朝、部屋で冷たくなっていた。死因は不明。両親はコンピューター断層撮影(CT)検査だけを承諾し「結果は医者から聞きたい」と千葉大へ足を運んだ。

 法医学教育研究センターの一室。CT検査でも異常は見つからず、法医学者の本村(もとむら)あゆみ医師(38)は遺族と向き合った。

 「解剖は嫌です」
 「お体を開いて中を調べたら分かることもあります」

 解剖という言葉を避けたが拒否感は強かった。気付くと両親は息子の思い出を話し始めていた。

 姉と仲が良く優しかった息子。亡くなる前日は内定した会社の歓迎会だった。就職する日を心待ちにしていた…。

 目に涙を浮かべて2時間ほど話した母親が、ぽつりと言った。

 「顔や頭に傷をつけないならいいかな」

 父親も静かにうなずいた。「ひとりにしてごめんね。ちゃんと調べてもらうからね」。母親が優しく声をかける姿に、必死で涙をこらえた。

 大切な家族を失ったつらさは痛いほど分かる。解剖の実施を早急に判断させるのは酷だ。

 「警察と連携して丁寧に説明していくのが理想だけれど」と本村さん。だが現実は厳しい。火葬後落ち着いてから、死因を究明しなかったことを後悔する遺族も多い。「死因がおざなりでは正しい統計が取れず、生きている人の健康に結びつかない」と解剖の意義を訴える。

 東日本大震災でも、死因を調査する重要性を痛感した。派遣先の福島と宮城では8日間に計24体の遺体を調べた。当時は解剖ができず、注射針を胸に刺し、液体を確認し「溺死」としていた。しかし高齢者は持病で肺に水が入っていることがある。「凍死も多かったのではないか」という考えは今も頭をよぎる。

 死体を診ることに慣れていない医師も多く、火災で縮んだ高齢女性の遺体を子どもと判断した例も目にした。死を無駄にしないためにも「遺体のチェックポイントや検案書の記載方法など災害時の統一基準を設けるべきだ」と考えた。

 2月に名古屋市で開かれた学会では、災害を想定した検視訓練の重要性を訴えた。「遺族のケアをしたくても行政との連携が難しい」「治療の優先順位を決めるトリアージ後の動きに戸惑う」。相談が相次ぎ、不安を抱える仲間が多いことを実感した。「死因をきちんと調べることは、未来の命を生かすことにつながる」。そう信じ、死体に向き合い続ける。(共同=鶴原なつみ26歳)

 

 

▽取材を終えて

 昨年6月、岩瀬博太郎教授の著書を読み、千葉大法医学教育研究センターを訪れました。教授の案内で解剖室を通り過ぎる瞬間、ドアの窓から解剖中の遺体が見えました。投げ出された手足、鮮やかな血の色。すぐに目を背けても残像が残りました。法医学者はどんな気持ちで日々向き合っているんだろう。そのときの動揺が取材のきっかけになりました。

 約半年ぶりに訪れた解剖室。丁寧に検査を進める本村さんや法医学者たちからは、遺体を診るプロの矜持が伝わりました。執刀医以外もCT画像を見ながら意見を交わし、解剖後は全員で検討します。「医師によって得意分野が異なるので自分が気付かなかった視点が飛び出すことがある」と本村先生はチームで診ることの重要性を口にします。

 1時間以上に及ぶ検討会の最中、自分の取材を思い返していました。記者になり立ての頃、変死体の発見という一報に息せき切って尋ねたのは「死因は何ですか。事件性はありますか」。「お前簡単に聞くけどなあ」と副署長に叱られました。その答えを得るために日々死を突き詰めている方々が目の前にいる。検討会の端の席で背筋が伸びる思いでした。
(年齢、肩書などは取材当時)

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