【第10回】「命の重みに順位ない」 多様性尊重社会、福島から 性的少数者ら目指す

性的少数者がテーマの特別授業で思い思いの提案をする生徒たち=福島市の福島高校(撮影・平田潤)

 福島市の福島高校で昨年9月、性的少数者(LGBTなど)がテーマの特別授業があり、2年の橋本舞子さん(17)らは「『男なら』『女なら』といった性別による決め付けに気付くきっかけになるので、1日だけ戸籍と違う性別で暮らす日をつくろう」と提案した。
 授業に先立ち、橋本さんは男子の洋服を借り、名前を変えて過ごしてみた。校内で書籍が入った段ボール箱を運べないでいると「男の子だから持って当然でしょ」と言われた。「性別ではなく、できる人がやればいいのに。性的少数者は男女の二分法にもっと傷ついているかもしれない」

 ▽決め付け気付かず

 特別授業で講師を務めた前川直哉さん(40)は神戸市の灘高校3年の1月、しかもセンター試験の翌々日、阪神大震災に遭う。実家の喫茶店は半壊し、高校の体育館は遺体安置所になった。
 「こんなときに勉強していていいのか」と思ったが、全国から集まったボランティアは被災者を支え、担任教諭に「形あるものは壊れるが、学んだものはなくならない。学ぶことが復興につながる」と励まされた。東大に合格し、教育学部を卒業。塾講師や灘中・高校の教師などをしてきた。
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後、「災害時こそ教育が大切。今度は支える側に回りたい」と福島市へ移住。地元の住職や企業経営者らと一般社団法人を設立し、被災地の子どもたちの学習支援を続ける。
 もう一つの顔がジェンダー研究者だ。自身は男性にも恋愛感情を持つ性的少数者。周りから「同性愛がうつる」などとからかわれ、隠していた時期もあった。
 転機は26歳のころ。バレンタインデーが近づき、同性愛者が集まるインターネットの掲示板に「全国のネコ(同性愛で受け身側を意味する俗称)のみんなはチョコレートを作っているのかな」と何げなく書き込んだ。
 ある返信にはっとさせられる。「チョコを作るのは女の子だと決め付けているんだね」。差別や偏見には敏感だと思っていたが、無自覚に役割を女性に押し付けていた。

 ▽男社会がはじく

 

 ある大学で沖縄と福島の共通点を熟語で出してもらうと「犠牲」や「依存」が多かった。原発事故後の福島では、安全か危険か、放射能汚染を巡る認識の違いで家族や友人と対立したり、差別や偏見を持たれたりした経験を持つ人も多い。
 憲法が定める個人の尊重や差別禁止が揺らぐが、前川さんは「だからこそ人の痛みや悲しみに敏感な、多様性を認める地域にしたい」と訴える。
 日本の「中心」の東京と、危険な原発を受け入れ東京に電気を送り続けた「周縁」の福島に、男社会から疎外されてきた女性や性的少数者を重ねる。「中心」は「周縁」の苦しみや生きづらさには鈍感だと感じている。
 「どこに住んでいても、性的少数者でも障害があっても、命の重みに順位を付けない。そんな社会を目指すのが、福島にいる私たちの役割」
 前川さんらの働き掛けもあり、今年1月、福島県の男女共同参画の基本計画には、LGBTの相談窓口設置や理解を促す学校教育などを盛り込むことが決まった。
 LGBT差別禁止法の制定を求める団体のメンバー綱島茜さん(39)は「具体策がここまで書き込まれるのは全国初。福島と性的少数者差別に共通点を感じていたが、実際に行動する前川さんはすごい」と話している。(共同=三浦ともみ)

東京電力福島第1原発事故と、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた福島県浪江町の請戸小へ、大学生らを案内する前川直哉さん。「ここから原発の鉄塔がよく見えますよ」と語り掛けた(撮影・堀誠)

© 一般社団法人共同通信社