【第19回】生きる楽しさ知って 障害者自立生活を追求 「親の愛」時に足かせ

講演する小山内美智子さん。「障害がある私の存在を決して隠そうとしなかった」と亡き母の思い出も語った=札幌市中央区(撮影・武居雅紀)

 白のジャケットを着て、耳には真珠のピアス。3月5日、JR札幌駅近くの講演会会場に車いすで入った小山内美智子さん(63)は穏やかに聴衆にほほ笑みかけた。
 「たまに相手を怒らせたり、ほめたり。社会を変えるための駆け引きは恋愛のテクニックと同じ」。脳性まひがあり、障害者の自立生活運動に奔走してきた。でも、その語り口は柔らかい。言語障害はそれほど重くないが、理解の助けになればとスタッフがパソコンで文字にし、スクリーンに映し出す。小山内さんが自分で決めたことだ。
 「手を使えない、歩けないとはどういうことか。当事者にしか分からない思いを伝えたい」
 

 ▽足指で料理

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 「しょうゆと砂糖、ごま油に七味も」。4月下旬の日曜日。札幌市西区の自宅マンションで、小山内さんは夕食に使うつゆ作りを女性ヘルパーに指示した。障害者総合支援法に基づき、11人のヘルパーが交代で付き、介助時間は月450時間。
 自治体間の格差やマンパワー不足など課題も多いが、制度は整ってきた。重い障害があっても自立を望み、行動に移した当事者の闘いの成果だ。
 いちご会は89年以降、ヘルパー派遣や買い物時の移送サービスなど自立支援事業を展開した。
 ある日、栃木県の脳性まひの青年から小山内さんに手紙が届いた。親元で不自由なく暮らしながら拭えぬ物足りなさ。自分の力で人生を切り開きたいとの欲求。心情が切々とつづられていた。
 文通が始まった。初めて介助者なしで出掛けた野球観戦。頼る人のないことが「何かうれしい」と書いた青年は小山内さんに励まされながら時間をかけて両親を説得、27歳の時に東京で暮らし始めた。「自立したら欲が出てきました。自分の家庭をつくりたい」とも。
 その青年、丸山武さんは現在52歳。妻恵美さん(48)と東京都八王子市の団地で暮らし、障害者宅にヘルパーを派遣する事業所を切り盛りする。
 「妻と知り合ったのは…」。思い出話をひとしきり。言語障害のため聞き返されると、何度でも繰り返す。若い世代へのエールも。「やりたいことがあると自立の力になる。仕事でも遊びでも、結婚でも」。意欲を持って生きてほしいと願う。
 

 ▽祈りの言葉

 平日の午後、脳性まひの40代男性がいちご会を訪れた。施設を出て9年。小山内さんと以前から交流があり、人間関係の悩みを話したいという。
 「気付かないうちに相手を傷つけてしまう」
 「人間同士、お互いさまでないの?」
 相談は1時間以上続いた。男性は小雨の中、車いすをすいすいと走らせ帰っていく。「幸せになって。それがあなたの仕事」。帰り際に声を掛けた小山内さんは、後ろ姿をずっと見送っていた。
 相談では、施設を出るのに親の許可が必要と言われた男性の知人の話も。「親は駄目の一点張り。どうしたらいいか」。答えは見つからない。
 親の愛は時に、自立生活に踏み出そうとする障害者の足かせになる。守りたい一心で「できるわけない」と反対する。私も親だから分かると小山内さんは言う。でも―。
 「どうかわが子に冒険させてほしい。遠くから見守り、失敗したら助け、また手を離してあげて」。その言葉は、どこか祈りのようだった。(共同=若林久展)

丸山武さんと妻の恵美さん。武さんは「小山内さんとの文通がなかったら、ここまで来られなかった」と振り返る=東京都八王子市(撮影・若林久展)

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