笹子トンネル事故5年、続く苦しみ 悲劇繰り返さぬ、誓い

 2012年に9人が死亡した中央自動車道笹子トンネル(山梨県)の天井板崩落事故から、2日で5年がたった。事故が発生した午前8時3分、遺族らはトンネル内などの献花台で黙とうし、犠牲者を悼んだ。

 石川友梨さん=当時(28)=の父信一さん(68)=横須賀市=はトンネル内の現場近くで花を手向けた。「友梨が命を絶たれたこの場所に来るたび、あの笑顔に会えない現実、救えなかったつらさがこみ上げてつきまとう」とうつむいた。

 同県都留市のホールでは中日本高速道路(名古屋市)主催の追悼慰霊式が開かれた。信一さんは遺族代表として同社社員など126人の前に立ち、犠牲者の名前を一人ずつ呼び、「なぜあなたたちは天国へ行ってしまったのですか。残された家族はいまだに答えが聞けなくて苦しんでいます」と語り掛けた。

 同社の宮池克人社長は「社員一人一人が事故に向き合い、自らの言葉で教訓を次の世代に伝えていく」と述べた。

 山梨県警は11月30日、同社の当時の社長ら8人を業務上過失致死傷の疑いで書類送検した。上田達さん=当時(27)=の父聡さん(65)=横浜市金沢区=は「起訴や刑事裁判へ長い道のりだと思うが、子どものためにもしっかり見届けていかなければならない」と話した。

 「今日はどうしても娘の友梨が、私の口を借りて言葉を述べたいそうなので、代わります」 中央自動車道笹子トンネル事故から5年となった2日、山梨県内で執り行われた追悼慰霊式。次女の友梨さん=当時(28)=を失った横須賀市の石川信一さん(68)が初めて遺族代表の言葉を述べた後だった。5秒ほど沈黙し、参列する中日本高速道路(名古屋市)の関係者に向かって訴えた。

 「原因が分からない限り、本当の意味での再発防止には及ばない」「本当に本当に、私たちは天国からあなたたちの言動を見守ります」。友梨さんの思いを代弁した。

 遺族として求め続けてきた原因解明は、先が見通せない。「危険を指摘する声はあったのではないか。トンネルに関わってきた人たちの生の声が聞きたい」。事実の解明に弾みをつけるため、前に出て語ることを決意した。

 背中を押したのは友梨さんの存在だ。友梨さんも願っているであろう安全な社会の実現を一緒に訴えたかった。原稿は用意せず約14分間、語り続けた。

 伝えたいのは中日本高速だけではない。「どんな企業にも自主的に安全意識を高めてもらいたい」。そんな思いも込めた。◇ 「事故の日のことは今でも本当によく覚えています」。友梨さんの母佳子さん(59)が記憶をたどる。

 友梨さんが仲間5人と乗ったワゴン車は天井板の下敷きになり、千度の炎で3時間焼かれた。それでも大破した車内からは後日、数々の所持品が見つかった。

 焼け焦げたかばんの中には「2012年12月2日」と書かれた仕事用の資料。銀色の時計の針は「午前9時半」を指して止まっていた。佳子さんが贈ったポーチの上には名刺が燃えずに残り、「石川友梨」とはっきり記されていた。

 発生は午前8時すぎ。佳子さんはしかし、友梨さんは時計が刻む時間まで生きていたと思えてならない。2012年12月2日午前9時半−。「信念が強かった友梨が『私はこの時まで生きていたよ、私はここにいたんだよ』って叫んでいたのかな、って思うんです」◇ 2度と繰り返さないためには何が必要か。5年間、石川さん夫妻にとっては問い続ける日々だった。

 「娘を返してと、怒りがこみ上がってくることもある」。そんな時、信一さんは友梨さんを思い浮かべ、心を静めてきた。「感情をぶつけても、悲しみや苦しみは増すだけ。人を思いやれる友梨が生きていたらなんて言うだろう。いつもそう思っています」 子どもたちは命をかけて、全国のインフラが危険性をはらむと警鐘を鳴らした。重大事故を起こした企業そのものに責任を問えるようにする法律の制定を目指し、669人が死傷した05年の尼崎JR脱線事故遺族らが中心の「組織罰を実現する会」メンバーになった。原因を究明し、責任の所在を明らかにし、再発や未然防止につなげたい−。「誰か一人や二人の責任でなく、企業全体の責任。法を抑止力に安全を企業自らつくってほしい」との願いからだ。

 企業だけではなく、この社会に生きる一人一人にも伝えたいと思う。「いつどこで事故が起き、命が失われるか分からない。安全な社会にするために何が必要か。自分自身の問題として考えてほしい」 式の前、石川さん夫妻はトンネル内の現場近くで献花した。寒さは心にまでしみ入り、「ここで友梨が亡くなった。守ってやれなかった」。訪れれば悔しさは募る。そして、また前を向く。友梨さんの生きた証しとして、事故のない社会を目指し、これからも訴え続ける。◆中央自動車道笹子トンネル事故  2012年12月2日午前8時ごろ、山梨県の中央自動車道上り線笹子トンネルで、天井板が約140メートルにわたり崩落。走行中の車3台が下敷きになり、男女9人が死亡するなどした。このうちワゴン車に同乗した5人の遺族が13年に起こした民事訴訟では、中日本高速道路と点検担当の子会社の過失を認めた判決が確定。当時の役員を相手にした別の民事訴訟では最高裁で遺族側敗訴が確定している。山梨県警は今年11月30日、業務上過失致死傷の疑いで中日本高速道路の当時の社長ら8人を書類送検した。

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