【高校野球】人生の最大目標は「いい親父になれ」! 仙台育英監督が明かす“強さの秘密”

森本吉謙監督、佐々木順一朗監督、橘田恵監督によるパネルディスカッションの様子【写真:高橋昌江】

仙台で野球指導者によるシンポジウム、仙台大&女子野球&仙台育英はなぜ強いのか

 野球をテーマにした「第13回スポーツシンポジウム」(仙台市、仙台大、河北新報社主催)が30日にせんだいメディアテークで開催された。

 はじめに、仙台大上級研究アドバイザーのマーティ・キーナート氏がコーディネーターを務め、楽天の初代監督である田尾安志氏、楽天のヘッドコーチや2軍監督、編成本部長などを務めた山下大輔氏が「楽天イーグルスの成功は他の都市でもあり得るか?」をテーマにトークセッションを行った。続く、パネルディスカッションでは、仙台大の宮西智久教授がコーディネーターを務め、仙台大硬式野球部の森本吉謙監督、仙台育英高の佐々木順一朗監督、侍ジャパン女子代表・履正社高女子硬式野球部の橘田恵監督がパネリストになり、「野球の楽しみ方、支え方、伝え方~2020東京オリンピックを契機に野球のさらなる発展を考え、東北を元気にする!~」をテーマに話した。

 仙台育英・佐々木監督は今夏の甲子園を振り返り、仙台大硬式野球部出身で、仙台六大学リーグ初の女性選手だった橘田監督がVTRを交えて女子野球について説明。「とっても野球が好きな女の子たちの集まりで、1つアウトを取るたびに『キャー! キャー!』と言っています」と、会場の笑を誘った。指導する履正社高は今春の全国高等学校女子硬式野球選抜大会で初優勝し、「実はこれまで1勝もしたことがなかった。3回目の挑戦で1勝し、嬉しかったね~と言っていたら最後まで勝っていきました。改めて、女の子の勢いはすごいんだなと感じました」と振り返った。

 侍ジャパン女子代表の監督として、今年は「第1回 BFA 女子野球アジアカップ」で初優勝したが、日本が2008年からワールドカップ5連覇中であることに触れ、「来年の8月にアメリカでワールドカップが開催されますが、私にかかる重圧はすごくある。「ずっと勝っているため、来年も勝てるだろうと思われる。ドキドキしているところ」と心境を語った。

 森本監督は04年に仙台大の監督に就任。東北福祉大が君臨する仙台六大学リーグで14年春、プレーオフの末に67季ぶりの優勝を果たし、大学選手権に初出場した。15年春もリーグ優勝し、16、17年は秋のリーグ戦を制した。15年ドラフトでは熊原健人(宮城・柴田高出身)が横浜から2位指名を受け、仙台大初のプロ野球選手が誕生。今年のドラフトでも馬場皐輔(宮城・仙台育英高出身)が“外れ”ながら阪神とソフトバンクが競合し、阪神へ。初の“ドラ1”も生まれた。

 監督就任から10年以上が経ち、目に見える結果が出ているが、「強くなったとは思っていない。ただ、29歳で監督になり、気合いの空回りがあった。勝つんだ、勝つんだ、勝つんだという思いの中で勝つには練習しかない、と思っていた。負ければ、もっと練習するしかないという思いがずっとあった」と回顧した森本監督。転機は優勝した14年のシーズンだった。球場の改修工事が行われた関係で、周辺の野球場や広場を借りるなど、練習場所が転々とした。練習時間は2時間程度だった。

「それでも、勝ちたいと考えていた時に優勝したので、なんなのだろうと考えるタイミングになった。練習しかないのは間違いないと思うが、必ずしも、勝ち負けというのは、そういったところじゃないのかなという感覚が芽生えた。誤解を生むといけないが、勝とう、勝とうという感覚がないというか、勝つことをやめたら勝ちだした。そういう感覚を持っています。相手があることなので、自分たちがいくら努力をしても上回る相手がいれば負ける。そこを目指すのは面白くない。勝ち負けは相手があることだが、自分たちを高めていく、心身を昇華かせていくことに重きをおく感覚になりました」

「優勝するという目標はない」―仙台育英にある3つのテーマ

 仙台育英・佐々木監督も「皆さんは本当かよ、と思うかもしれないが、ウチには勝つとか、優勝するといった目標がない」と話す。あるのは(1)いい親父になる(2)ウェルカム仙台育英「仙台育英ディズニーランド構想」(3)飛脚プロジェクト〈全員で達成しようとした時、奇跡が起こる〉だ。

「勝つ、優勝するといった目標を立てると、メンバーとメンバー外の間に溝が生まれる。全員が最後に卒業してよかったと思えるようにするにはどうすればいいかを考えている。一度、問題があって監督を辞め、戻ってきた時には部員がゼロ。戻ってきてから、森本監督が言うように勝つことをやめ、選手も見にいかないようにして、仙台育英で野球をやりたいという子たちだけでやるようになった。弱くなったら辞めようと決意を持って、最終的には全員に当てはまる目標にしました。

 将来、自分の子どもが悩んだ時に俺もこうやって悩んだぞと話せるように“いい親父になれ”。これは人生の最大目標。そして、ディニーランドに行って嫌な思いをしたことがある人は少ないはず。思いやりを持っていろんなことをしていけば楽しい高校生活を送れるだろう、と。グラウンドでは『歩くな。走れ!』と言われるけど、走っていない時に『飛脚プロジェクト、やめたの?』と言った方が走りやすい。言葉の綾なんです。優勝するという目標だと、優勝できなかった時に負け組のようになる。でも、人生では負け組ではない。最終的にはいい親父、かっこいい親父になれるように。いい伴侶を見つけて、幸せな家庭を築いてほしいと思っています」

 森本監督も佐々木監督も勝つことを放棄しているわけではない。勝つこととの向き合い方が変わったことが、結果的に勝利に結びついているようだ。

 こうした「勝ち・負け」の価値観が明かされたほか、「指導者の立場からの野球の楽しみ方」ではそれぞれの視点から話がされた。橘田監督は「女子野球というスポーツはなかなか観戦する機会がないと思いますが、女の子たちは野球が大好きでがむしゃらに、とにかく野球を楽しんでいる。『キャー! キャー!』と言っているのも全て見て、楽しんでください! 楽しくないとファンも競技人口も増えない。辛いことも笑っています」と女子野球をPR。森本監督もリーグ戦は観客動員が少ないため、「是非、仙台六大学野球にお越しください」と呼びかけた。また、「野球は間合いのスポーツ。打たれた後のピッチャーの顔やベンチに戻る姿を見ていると、人となりも見えてくる。そういうのも面白いのかなと思います」と森本監督自身が選手を見るときのポイントを話した。

 佐々木監督は「試合前の円陣でどんな話をしているのか、どういう作戦が出ているのか、ピンチではどんな表情をしているのか。そういったことでチームを比較して見ていくと、チームの特徴が表れる。ピンチで難しい顔をしているのか、笑顔でいるのか。橘田さんが『キャー! キャー!』と言っていると話していたが、仙台育英もどちらかというとそのタイプに似ている。ピンチになればなるほど、笑顔でやれるように普段からやっている。そういう姿勢も見ていただき、ピンチでも動じていないな、楽しんでいるなと思っていただくととても嬉しい。いろんなチームのスタイルを応援する感じになるといいのかなと思います」と語った。

野球人口減少の中で考えるべきこととは?

 野球人口減少についても触れられた。時代は移り変わり、少子化の影響で小中高校の統廃合や学級減は加速するばかり。今後、野球人口が増えることは難しいだろう。ベースボール型競技をやる機会も減ってきている。佐々木監督は「昔のように、みんなが野球をやっていた時代に戻そうとか、あの時代はよかったなという切り口では昔ながらの野球の感覚のまま。“巨人・大鵬・卵焼き”のような、子どもがみんな野球をやっている、野球オンリーの時代があったが、今はいろんなスポーツを選択するようになった。それが“普通”という感覚を野球に携わる人間は受け入れないといけないと思っている」と、過去ではなく、現状を理解した上で今後を見据えるべきではないかと話した。

 高校野球は来夏、第100回大会を迎えるが、「高校野球の立場から思うのは、100回大会を機に一度、今までの野球は終わりという感覚で考え直そう、と。(教育的観点から)野球をやっている人間はこうでなければならないと見られがちだが、サッカーはゲームとして入ってきて、とらわれない雰囲気がある。一度、リセットして、ゲームとして野球を楽しめるように考えていってもいい時期なのではないか。高校野球100回がきっかけなのでないかと思います」と続けた。

 大学野球連盟の野球普及委員でもある森本監督は「競技人口の問題は話題になるが、本当に選択肢が増え、多様化してきている。では、サッカーやバスケに目が向くことが悪いことなのか。そこはピンときていないが、現場を預かる人間として、野球というものをしっかりと意味のある、魅力あるものにしていく。その中で野球をやりたいという思いを持たせることが大事なのかなと感じている」と語った。一方で、橘田監督は小学生の女子野球人口が今年1年で2000人増えたと言われていることを伝え、「小学生の大会、中学生の大会も参加が増えてきた。大学のチーム数が少ないことが課題だが、高校は来年からクラーク記念国際高仙台キャンパスで女子硬式野球部が作られるなど、年々、増えている。女子野球はファンを増やすために一生懸命やっている姿を見てもらおうと頑張っているところです」と現状を話した。

 最後に野球に関する提言をそれぞれがホワイトボードに記入した。「日本から世界へ」と書いた日の丸を率いる橘田監督は「女子野球の日本代表は勝つことだけが目的ではない。まだまだ、女子野球が始まっていない国もあるので、野球を伝えていく、女子野球を始めてもらうというプロジェクトも担っている。世界大会に行くだけではなく、野球はこう進めるんだよ、こういう戦い方もあるんだよというところを日本から世界に発信していきたいと思います」と世界での普及に夢を広げた。森本監督は「たかが野球、されど野球」と記し、「野球の勝ち負けには価値がないと思っています。ただ、それで終わってしまうと、野球をやる意味がない。野球をやっていることで得られるものを、たかが野球をされど野球にまで持ってくることが学生野球の指導者の使命かなと考えています」と説明した。

「野球をはじめるきっかけとして、お父さん、お母さん、これを思った方がいいのではないでしょうか」と、佐々木監督が書いたのは「野球をすると頭が良くなるらしい。今後の子どもたちへ」。佐々木監督は28日に東京で開かれた星野仙一氏の野球殿堂入りを祝う会に出席した際、東大・浜田一志監督から得た情報として、「東大の研究で発表されているというのを一昨日、聞きました。お父さん、お母さん、野球をすると頭がよくなるらしいです」と話すと拍手が沸き起こった。「今後、野球が滅亡しないためには絶対に必要なのではないか。野球は考えてばかりのスポーツです。1回もボールが飛んでこない野手もいるが、試合中はずっと考えないといけない」。打って、走って、投げて、捕ってという動作そのものが野球ではない。状況の判断や予測、分析など、頭を使わなければ野球は進められない。そして、その考える時間が多いスポーツだ。スキルはもちろん、知識を身につけ、考え方を学ぶことで思考力や解決する力が自分のものとなるだろう。

 冗談や笑い話も交えながら、大学野球、高校野球、女子野球の3人の指導者が80分にわたって行ったパネルディスカッション。野球界やそれぞれのカテゴリーで抱える問題は多いが、この日の取り組みが宮城県、東北地方、そして日本球界の一筋の光りとなることを願いたい。

(Full-Count編集部)

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