【ラン鉄37】瀬戸内の空を泳ぎ鯛_瀬戸際の己を叩き鯛

「あぁ、夢だったか、マジだったか」
 中年ラン鉄、ついにボケてきた。
 機内に持ち込んだアルコールはダメよというアナウンスに続いて、ホレボレするような英語が続くジェットスターA320のシートで、愛媛・松山のインパクトを振り返っている。
 水道の蛇口をまわすと、みかんジュースが、出てきた。マジだ、コレ。

松山・今治の陸海空をサーフィン

 往復1万円ちょっとで行けるジェットスターのチカラを借りて、松山から今治、大三島とジャンプする旅。
「全部を2万円でおさめてやる」
 中年の汚れた貧乏性を全面に押し出した今回の愛媛旅は松山空港から。
「この家に戻って、母親の鯛めしの味を思い出しながら、つくったんですわ」
 三津浜の港風がそよぐ「鯛や」の縁側で、母親の味という鯛めしを喰う。
 空腹のままLCCを降り、かつてにぎわった船着場で、腹に勢いをつけて、あしたの空中サイクリングを、準備。
 鯛めしでチカラつけたと思ったら、松山の宿で、魂、吸い取られた。犯人は、汗だくの中年。しかもド関西弁。

「出張で松山くるとね、必ず走るんよ」

 道後公園の山を駆け上がり、夜の温泉街を駆け抜けて、夕めしとは、脱帽。
 オレもやったる、ってわけで道後温泉のネオン街を走ったとき、あの白昼夢のような蛇口に出会った。
 道後、どこを歩いても、みかん。
 まさか、蛇口からみかんジュース。夢見た世界が、リアルに、ジャーッ。

鯛とみかんで勢いつけて、今治へ。

「そうじゃねえ、広島の尾道まで、5時間ぐらいかねえ。乗るかい?」
 サンライズ糸山でレンタサイクルを担当するおじちゃんが笑う。
 帰りの空の便があるってことで、へっぴり腰の中年ラン鉄はすぐ北にぽっかりと浮かぶ大島までチャリで向かう。
 らせんの坂をぐるぐると駆け上がり、しまなみ海道に合流する。
 前方不注意でスッ転ぶっていうぐらい、眼下の来島海峡に目がいってしまう。スゲエ!
 ゴッゴと流れる潮流に逆らって、自動車運搬船がズンズンとすすむ。

「この来島海峡はね、潮の流れが速いけんね」

「順中逆西っちゅう、日本で唯一の航法があるんよ。いま南流ね」
 空中から見る潮流と船のぶつかり合い。
 おだやかな斎灘と燧灘が、この狭い船街道で激流を生む。
 チャリをとめて、ず~っと見ていられるほど、ドキドキする。
「ほら、行くよ~っ」

現代から室町時代へ時間旅行

 ここまできたら、その海峡の歴史を自虐的なまでに体感したいってわけで、あっさりチャリを乗り捨て、室町時代の城塞、能島に上陸といく。
「このへんが船だまりいうてね、行き交う船を止めて、通行料や物資の一部をみかじめとして取ってたんですわな。この村上水軍いう海賊たちは、水先案内人としても活躍したんですわ」
 潮流クルーズを営む能島水軍のおっちゃんがこう教えてくれた。
 日本の東西を結ぶ瀬戸内の航路で、600年前に存在した、海賊の城。

 二の丸、本丸があった草地に立ち、船を見張るヤクザな男を演じてみると、グ~ウッと腹が鳴った。「海より団子」か。
 LCCでシレッと松山入りし、道後の街を駆け抜け、今治から空中をチャリで泳ぎ、潮の流れをダイレクトに感じながら船で海城に上陸。陸海空、室町から現代まで、タテヨコナナメめいっぱいにラン鉄したら、腹減った。
「もう帰んの、海鮮焼き食べてけって」

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2015年11月号に掲載された第37回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

本コラム連載の文字・写真・イラストの無断転載・コピーを禁じます。

© 株式会社エキスプレス