金属行人(12月5日付)

 先日、トヨタグループのジェイテクトを率いる安形哲夫社長に会う機会があった。同社は軸受鋼のユーザーであり、鉄鋼圧延機の部材を造るサプライヤーだ。加えて安形社長は一橋大学空手道部の出身。OB会の「一空会」には高炉大手の錚々たるメンバーが名を連ねており、その話題で歓談した▼その安形社長がトヨタ自動車時代に得た教訓を「先人十訓」としてまとめ、社内で発している。先人とは安形氏の当時の上司で、トヨタ生産方式やカンバン方式を作り出した大野耐一氏の門下生。十訓の一つには、大野氏の直弟子・箕浦輝幸氏(元ダイハツ工業社長)の逸話がある▼若き頃の箕浦氏を大野氏は現場の組立ラインの前に立たせ、問題が見つかるまで何時間も考えさせた。大野氏は様子を見に来るものの、答えは教えてくれない。追い詰められ必死になった箕浦氏がようやくおかしな点を見つけると、終業前にやって来た大野氏は顔を見ただけで「帰っていいぞ」と言って去っていった▼大野氏の指導は厳しく、決して褒めなかったという。ただ箕浦氏の顔つきを見て理解度を把握したように、大野氏は人をよく見て、徹底的に独りで考えさせた。人を育てるには真剣さが必要であることを物語っている。

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