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栗山はなぜ「リアル野球盤」を企画したのか―「この先がすごく楽しみ」
雲ひとつない青空に、ファンファーレが鳴り響いた。グッとバットを握り締め、打席に向かう背中を、応援歌が送り出す。
まるでプロ野球のデーゲームのような光景だ。だが明らかに違う点がある。打席に立つのは、チームに属して野球の練習をしたことがない小学生だった。勝手が分からず、戸惑う様子の子どもたちに、張りのある声が飛ぶ。
「ええんやで!思い切り振るだけでええ!」
にこっと笑って、手をたたく。声の主は、ベンチの前の背番号1。西武の栗山巧外野手だった。
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今月3日、兵庫・三木総合防災公園野球場。栗山は例年通り、野球少年たちを集め「栗山杯」を開催した。
7回目となる今回は、大会後に少し変わった趣旨のイベントを準備していた。「みんなでリアル野球盤をしよう」。そう銘打たれた告知には「男女の性別や障がいの有無、野球経験を問わず」と付け加えられていた。
「みんなで野球を楽しめる場がつくれないかな。そう考えていたんです」
意図を聞くと、栗山は熱っぽく説明を始めた。
「何かすごくいい着想を得た気がする」―
栗山は毎年1月にも、少年野球のイベントを開催している。野茂英雄氏と合同で行う「NOMO栗山オールスターゲーム」だ。栗山選抜と野茂選抜が対戦するエキシビジョンマッチだが、子どもたちは本気で勝ちを目指す。栗山はその真剣さを生かして、エキシビジョンならではの経験をさせたいと考えるようになった。
「子どもたちに自分たちの中から監督を選ばせる。そして、子ども同士で勝つための作戦を考えさせようかなと」
自主性をはぐくむためのアイデア。大会にかかわるスタッフも「いずれ形にしましょう」と賛同した。
だが栗山は、周囲の賛辞も聞こえない様子で「いま、オレは何かすごくいい着想を得た気がする」と考えをめぐらせていた。
「もしかしたらこれって、普段は野球をしてない子も、野球の輪に取り込むチャンスになるかもしれないのかなと」
運動が得意ではない少年。男子と同じチームに入れない少女。さらには、病気や障がいが理由で車椅子生活を余儀なくされているような児童。そういった中にも、野球が好きで、野球を突き詰めて考えている子どもはいる。
そういった子どもたちに“参謀”として、ベンチで作戦を立ててもらう機会をつくったら、野球の輪はさらに広がるのではないか。
「リアル野球盤」が秘める可能性
そんな考えを、さらに進めるきっかけがあった。ある日栗山は、あるスポーツの映像をみた。
ブラインドサッカー。視覚障がい者が、ボールに仕込まれた鈴の音と、ゴールの位置をピッチ外から知らせる「コーラー」の声などを手掛かりに、視力に頼らずプレーするサッカーだ。
この競技は、実は視覚障がい者だけが参加するわけではない。視力がある人もアイマスクをすることで、視覚障がい者と同じ条件となり、一緒にプレーすることができるのだ。
「視覚障がい者の方とそうでない方が、遠慮なしにバッチバチにやりあっていました。ああ、すごくいいなと。野球でも、そういう場を設けることができないかなと」
検討を重ね、栗山は今回「リアル野球盤」という形を取ることにした。
打撃ティーに置いた球を打ち、飛んだボールがフィールド上のどの的に当たるかで、「アウト」「安打」「二塁打」「三塁打」「本塁打」を決めるルールだ。
止まっているボールを打つことさえできれば、誰でも参加できる。いずれ有力校からプロへ進むような有望球児と、ほとんど野球の練習をしたことがない、あるいはできない子どもが、“リアル野球盤”でならほぼ同条件でプレーできるのだ。
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野球の“敷居”を下げ、輪を広げる試み、「本当にわくわくする」
誰もが一緒に、野球で遊べる場をつくろう――。そんな趣旨に、西日本で西武の応援団を務める「博多激獅会」も賛同した。“リアル野球盤”の会場に駆けつけ、プロ野球の公式戦と同様のトランペット応援で盛り上げた。
野球未経験者や障がいを持つ子どもが、屈託なく野球を楽しむ様子に、栗山のほほも緩んだ。
プロさながらの応援を受けて、打席に立つ。プロになり得る有望な球児と一緒にプレーする。そんな経験をしてもらえば、きっと一生野球を愛してくれるようになるんじゃないか。そんな思いもある。
「いろんな方の意見をうかがいながら、もっとたくさんの子どもたちが一緒にプレーできる形をつくっていきたいと思うんです。そういうことを考えると、本当にわくわくしますね。この先がすごく楽しみなんです」
今季は8月17日楽天戦で放った代打サヨナラ3ランが、年間で最も劇的なサヨナラ打だったと評価され「スカパー!ドラマティック・サヨナラ賞」を受賞した。しびれる場面でこそ、力を発揮する男。栗山は「プロですから」と事もなげに言う。「プロならではのプレー」でファンを沸かせることにこだわり、34歳の今も誰よりもバットを振る。
そんな男が一方で、プロでなくても、うまくなくとも野球を楽しむ方法を模索している。野球の“敷居”を下げ、野球の輪を広げる試みを続けている。
「別に矛盾じゃないですよね。野球が好きなんでね」。そう言うと、栗山は東京行き最終の新幹線に乗り込んでいった。
(Full-Count編集部)