【この人にこのテーマ】〈東洋鋼鈑グループの中核商社・鋼鈑商事の経営戦略〉《辰巳英之社長》「オンリーワン商品」で市場開拓 農業向けで相次ぎ開発

 鋼鈑商事(社長・辰巳英之氏)は1989年の設立以来、東洋鋼鈑グループの中核商社として、主に同社の鋼板類やその加工品を販売してきた。近年ではファブレスメーカーとして企画から製造、販売までを一貫して手がける「オンリーワン商品」の市場開拓に挑むなど「攻めの営業」で独自路線を追求する。中でも農業分野の独自商品は開発が相次ぎ、市場の期待も高い。辰巳社長に背景や展望などを聞いた。(中野 裕介)

――8代目の社長として陣頭指揮を執って6年目を迎えた。

 「就任から6年の間に鋼鈑商事は大きく変化した。当初ほぼ全量が東洋鋼鈑材だった仕入れは、他の鉄鋼メーカーの商品にラインナップが広がり、アルミやステンレスも取り扱うようになっている。実績がなかった輸出は月間3千トンレベルにまで増え、この数年は増収増益で業績を伸ばしている」

鋼鈑商事・辰巳社長

 「人員体制も新陳代謝が進む。創業以来初のジョブローテーションに着手し、中途を含めた新規採用を積極的に進めている。一昨年に合併した東洋スチールのメンバーも加わるなどして、在籍する総勢約40人の役・社員のうち、ほぼ半数が入れ替わった計算だ。全社員で議論を重ね、さまざまな試行錯誤を重ねる中で『名実とも東洋鋼鈑グループの中核商社となり、顧客ニーズに十分対応できるユニークな機能をもった商社』が、今まさにわれわれが目指す企業像として鮮明になっている。そして次のステップである東洋製罐グループにおける役割も模索している」

――方向性が明確になり、具体的にどのようなアクションを起こしているのか。

 「グループにおける真の意味での『リーディング商社』としてあるべき姿を追求する上で何が必要かを考えた上で、まず風土改革を始め、その延長線で今日(こんにち)における『新商品の企画開発』という次のステージに至っている。現行の中期経営計画が対象の2016年から18年度にかけての3年が『ホップ・ステップ・ジャンプ』の『ステップ』に位置づけられる所以だ。6年前に立ち上げた新規事業部を中心に一連の取り組みを進めているところだ」

――あまたある需要分野の中で、なぜ「農業(アグリ)」に注目したのか。

 「東洋鋼鈑グループでは『Beyond steel』を合言葉に、容器用機能フィルムの製膜技術をもとに光学用途フィルムの開発を進めるほか、山口大らと遺伝子解析キットの製造・販売に乗り出すなど、鉄鋼以外の市場に新規参入する動きが相次いでいる。また元々東洋製罐グループは『食』との結びつきが強く、肥料を取り扱う関係会社や農業資材を扱う関係会社をもつなど『農業』との距離が近かった。世界的に『食の安全』が問われる昨今、天候不順や水不足、土壌問題などを背景に従来の手法では安定供給が難しかったり、日常的に農薬を多用した作物を調達せざるを得なかったりする国や地域における新たな農業の在り方を求める声は小さくない」

 「そのキーとなるのが『植物工場』だ。特に最近はランニングコストが安くかつ生産効率の高い設備の実用化に対する市場の期待は大きく、潜在需要も相当な規模に上るとみられる。植物工場は『永続的に有益な価値を提供し、地球環境や社会の進歩に貢献する』をはじめとする東洋鋼鈑の経営理念にも則した設備であり、ものづくりの一環でさまざまなアプローチが可能だ。国内外を問わず、既成概念にとらわれない最先端の商材は、競争力の観点からも世界で通用する非常に大きな武器であり、設計段階からこれまでにないプラットフォームづくりに携わり、グループ各社がもつ機能を有機的に結び付けていくという商社本来の役割も果たせるだろう」

――具体的にはどのような技術や製品を指すのか。

 「縦型可動式では世界初となる、縦型の高密度式水耕栽培システムをグループ会社が共同で開発し、事業化に向けて実証実験を推進している。軽量かつ衛生的な縦型栽培ロッドが野菜の成長に応じて前方に送り出される高密度栽培方式で、かつイオンバランスが崩れないよう設計した専用の水耕肥料で安定生産できる。ラックには高耐食性溶融亜鉛メッキ鋼板を使用している」

 「また多方向から光を受け、養液が専用のパイプを循環する構造で野菜の成長が速く、かつ作業スペースを広く確保しやすい。収穫量は一般的な多段式より1・5~2倍に増えるほか、1株当たりの照明電力量を15%程度抑えられるデータも出ている。現在すでに国内外から多くの引き合いが来ている。今後は量産に向けた細部の調整を踏まえ、来年の春ごろには市場投入できるのではないか。現在は人工光が主体だが、将来的には太陽光も生かせるよう改良を重ねていきたい」

「植物工場」生産効率向上へ/新たな発想で安定栽培に貢献

――幅広い展開が見込まれる。

 「施設園芸ハウス・閉鎖型植物工場向けに減農薬につながる設備の企画販売を目指している。紫外線(UV―B)の拡散・反射効果が高い装置はその一つ。UV―Bを植物に照射すると一定の強さであれば病害虫の増殖を抑制し、免疫力の向上を促進する。東洋鋼鈑が展開する採光システム『どこでも光窓』の光コントロール技術を応用し、UV―Bの照射量や積算量が安定するよう照明を自動化・配置し、葉の表面から裏側、群落の内部にかけて照射が行き届く造りになっている」

 「同じくUV―Bを活用した育苗栽培ユニットも有力なアイテムとして拡販していく。照明のLED化が広がる中、葉こぶ病などの生理障害による歩止まり悪化が問題化しつつある。これに対し弊社の照明ユニットを利用して頂ければ有効な紫外線ランプとLEDの併用によって育苗の生理障害抑制や光量の均一化で苗の生産歩止まりが向上し、かつアントシアニンやビタミンといった機能成分の向上にも有効だ。苗の段階でしっかりと育て上げることで減農薬を果たせ、食の安心・安全にも大きく寄与できる」

――いずれの商材も農業のどのような用途での導入を想定しているのか。

 「縦型高密度式水耕栽培システムは、空き倉庫や工場をはじめとする大規模な生産に適しており、コンテナ連結型や高層2階建てなど導入目的に応じて柔軟に仕様を変更できる。UV―Bの拡散反射装置は主に施設園芸用、育苗栽培ユニットは閉鎖型施設用にそれぞれ展開する方向で検討しており、兵庫県立農林水産技術センターや東洋鋼鈑グループの技術研究所(山口県下松市)で実証実験を進めている。UVの研究については技術研究所で効能や光の組み合わせなど必要な条件設定について、農業を担当する専任の研究員が実証データの収集や分析などに当たっている」

 「アグリの関連商品は、グループ全体にあらゆる商機を醸成するプラットフォームに位置づけられる。太陽光発電、蓄電池の設備や再生エネルギーの活用、さらには鉄のビジネスに至るまで、グループの総力を挙げてソフト、ハードの両面でのパッケージ提案にもつながってくる。まさに『プロダクトイン』から『マーケットイン』への発想の転換とも換言できよう。アグリの関連商品のほか、スライド式床板用鋼製型枠や太陽光発電用特殊金具など、弊社のオンリーワン商品は多彩だ。これらを前面に商社として担うべきオーガナーザー機能を発揮し、グループ内外にアンテナを張りめぐらせながら、ビジネスをクリエイトしていく好循環につながればいい。弊社ではシンガポールの『リトル・レッド・ドット』になぞらえ、コーポレートカラーにかけて『リトル・オレンジ・ドット』をスローガンに掲げており、テーマごとに最適なパートナーを見つけ、新しいビジネスの骨格を描いていく取り組みの連鎖を通じて『ユニークな商社』でありたいと強く願う」

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