ナマコの身には

 「ナマコの化けたよう」と言えば醜いもののたとえで、「塗り箸でナマコを挟む」と言えば難しいことを指すらしい。あの何とも言えない姿形やら、箸でつまんだときのヌルヌルした感じやら、なるほど異形で、面妖で▲人類で初めてナマコを食べた人物には「その胆力において敬すべく…」と夏目漱石は「吾輩は猫である」に書いている。当方に至っては触る勇気さえもない▲見た目で損をしているが、その身にぎゅっと閉じ込めておいたような磯の香りと歯応えを、冬の楽しみとする人も多いだろう。大村湾名産で、正月には欠かせない。いや、正月のみならずこの季節の食卓には▲おとといの県内経済面で年末商戦をまとめていて「変わり種ではナマコが好評」とある。長崎市の県物産館が2年前、通販サイトで販売を始めたところ、年ごとに売り上げを伸ばしている、と▲本県出身者からの注文が増えているらしい。磯の香りや歯応えを楽しみつつ古里を思う人も、どうやら少なからずいる。得体(えたい)が知れないようでいて、ナマコはその身に食する人の思い出までも詰めている▲本欄のお隣の「きょうの一句」に5年ほど前に載った、井手英雄さんの句を。〈海鼠(なまこ)かむ身を郷愁の中に置き〉。懐かしい風景か家族の声か、コリコリかんでよみがえるのは何だろう。(徹)

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