情も理もなく

 「医」という漢字を見つめてみると-。詩人の吉野弘さんに一編がある。〈医の中に矢があります/病む者へ、まずは矢のように駆(か)けつける心情/そして、矢が的の中心を射当てるように/“ズバリ的中”の診断をするのが身上(しんじょう)〉。情も理も、と▲医者に限らず、物事を正しく真っ当に裁くべき人たちの心得とも読める。長崎の「被爆地域」の外で原爆に遭い、被爆者と認められていない人たちが起こした訴訟で、最高裁はどうだったろう▲手を差し伸べたわけではない。“ズバリ的中”の司法判断とも呼べまい。被爆体験者388人が被爆者と認めるよう求めた第1陣訴訟は、亡くなった男性1人を除く387人の上告を最高裁が退けた。男性については長崎地裁に審理を差し戻した▲判決では、原告に放射線による健康被害があるとはいえないとした。なぜそう考えるのか、具体的には示さないまま▲なんとも不可解だが、裏返して言うと、健康被害についての科学的根拠をもっと集めれば「被爆者として認められる余地がある」。原告側の弁護士はそう望みをつないだ。「1人でも闘う気力を持ってくれるならば勝つまで闘う」と▲原告の方々は先のことまで今は言えまい。原爆に遭って72年、提訴から10年。「敗訴確定」の情も理もない4文字はどれほど重かろう。(徹)

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