勝負の野球から楽しむ野球へ 人気低迷に待ったをかける「オトナ野球」の魅力

「『オトナの野球』が広げる野球文化」というテーマでシンポジウムが行われた【写真:広尾晃】

義援金なども試みも実施、第2の青春マスターズ甲子園

 日本野球科学研究会は、野球競技の普及・発展に寄与するために、(指導現場と研究者間での情報の流動性を高めることを目的とした団体だ。その第5回大会が今月16日、神戸大学で始まった。

 シンポジウム1は「『オトナの野球』が広げる野球文化」。コーディネーター・シンポジストの和歌山大学准教授、彦次佳氏の進行で、3人のシンポジストが話をした。その中で徳島県高校野球OB連盟顧問の立石剛氏は自らのマスターズ野球への取り組みを語った。

 立石剛氏は、徳島県の高校球児だったが、甲子園に行けず関西で就職するも、25歳で徳島に戻り、会社を設立。31歳にして再び野球を始めたと自己紹介。「自分の夢、何だろう」と思い始めた43歳のときにマスターズ甲子園と出会うと、OB会作りから始まり、先輩後輩と甲子園を目指す第2の青春がスタートした。

 組織化にあたっては、「自分たちのためにやる」を「みんなのためになる活動」につなげるため、打者は安打1本当たり200円、投手は1イニング0封あたり200円を義援金として寄付することにした。これで社会的に存在価値を示すことができるようになった。

 今では徳島県大会の決勝戦には、徳島商業高校のチアリーダーが駆けつけてくれるようになり、フォトコンテストも実施している。さらに、国際大会にも出場するようになる。2014年のパンパシフィックマスターズでは決勝戦で逆転勝ちし、金メダルを獲得。マスターズ野球は、こういう形で、徳島県下の野球部OBに根付いている。

勝敗にこだわらない野球、新しい価値基準とは

 スポーツ社会学の専門家として語ってくれたのは龍谷大学社会学部准教授の久保和之氏。2016年時点で、オリンピック、パラリンピックが90%以上、ラグビーワールドカップが60%以上認知されているのに2021年、関西で開催されるワールドマスターズゲームス関西は11%にとどまっている。しかし野球の人気は根強い。野球観戦経験(テレビを含む)は、女性が65.2%、男性77.7%と他のスポーツを圧倒している。

 またマスターズ甲子園だけでなく、還暦野球、全日本古希軟式野球大会など、各地で高齢者の野球大会が開かれている。

「スポーツは、社会的相互作用であって、みんなでやるのが楽しい。特にチームスポーツは仲間と楽しめる」

 久保氏はその楽しさを拡げるために、ユニフォームやルールも柔軟にすべきと訴える。そして勝敗以外の基準として「スプリット・オブ・ザ・ゲーム」を提案した。

 これは、
・ルールの理解
・ファール及び身体接触
・フェアプレー
・ポジティブな姿勢及びセルフマネジメント
・相手チームのスピリットと比較

 上記の基準でポイントをつけて評価してもいいのではないか、生涯スポーツとしての野球は勝敗にこだわる必要はない、などの新しい価値基準を提案した。

勝負だけではない、投げて打つ楽しみ

 国際審判員の小谷啓介氏は、甲子園、社会人野球など35年間で4000試合の経験がある。

 審判は、選手よりも長く野球に携わることができる。そして甲子園でのクロスプレーでは、5万人が注目する。ここで絶妙のタイミングでジャッジすれば試合は一気に盛り上がる。

 審判の一番の仕事はその試合を成立させることだ。そのためにゲームコントロールが重要だ。高校野球には審判は2時間が与えられている、単に時間内に終わらせるだけなら、ストライクゾーンを広げ、選手を急かし、際どいプレーをアウトにすればよいが、(より良いコントロール法として)監督や選手、観衆にストレス与えないためには、正確な判定をする必要がある。そうなれば選手も信頼してくれて試合は短縮化する。

 国際大会では、地域によってストライクゾーンが違う。アジア圏は似ているが、オランダなどは異なっている場合が多い。

 しかし、ゾーンの違いが話題になるのは日本だけだ。他の国の選手は判定にそのまま従うが、日本では捕手が捕球時にミットを動かしたり、ストライクだと思った球がボールと判定されるとミットを固めたりする。これは日本で多く見られ、そういう動作をする捕手は海外の審判からは、バッドキャッチャーだと判断される。

 これを受けて小谷氏は、ストライクはストライクゾーンを通過したボールで審判がストライクとジャッジしたものという基本を理解すべきだと訴えた。日本の野球では、高校に入るころから「勝負」が中心になる。プレーを楽しむ「ベースボール」はいつからか勝利至上主義の「野球」に変わっていく。

 小谷氏は、ワールドマスターズゲームでは30年ぶりに選手としてもプレーしたが、「勝敗」ではなく、「投げて打つ」という野球の原点を日本の野球も取り戻すべきだと主張した。

 和歌山大学准教授、彦次佳氏は、野球の便益が
・年代によって異なる便益
・加齢により発達する便益
・年齢にかかわらず普遍的な便益

 の3つに分かれると紹介。野球人気が下がっている中で、生涯スポーツとしての野球、そして国際的なスポーツとしての野球の意義について深く考察すべきだとシンポジウムを締めくくった。

(Full-Count編集部)

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