【特集】石原慎太郎氏が今年向き合った新刊「凶獣」 児童殺傷事件をたどるノンフィクション

インタビューに答える作家石原慎太郎氏=2017年10月、都内の自宅で

 元東京都知事で作家の石原慎太郎氏は今年、新刊「凶獣」(幻冬舎)を出版した。2001年に大阪教育大付属池田小で起きた校内児童殺傷事件をテーマに宅間守元死刑囚(04年に死刑執行)の実像に迫ろうと弁護士や臨床心理士らに取材、裁判記録を基にノンフィクションとして執筆した。「まだ幼年にあった多くの者を一方的に殺戮(さつりく)」した男の引き起こした悲惨で不条理な事件に戦慄し、人間の存在の意味、その深淵を追究しようとした作品と位置付けている。

 田中角栄元首相の生涯を描いた小説「天才」は昨年ベストセラーとなり、“角栄本”ブームの中心となった。85歳になった今も作家として活動、時にはSNSも使って発信を続ける石原氏に今回、作品のテーマにどう向き合ってきたか聞いた。(共同通信=柴田友明)

 ▽ドキュメント

 「私はこの9月で85になった。51で死んだ父や裕次郎に比べての長生きに感謝はしているが、最近は人間の最後の未知、最後の未来の『死』についてばかり考える。出来れば自分の『死に際』について書いてみたい。物書きの悪癖か」。新刊が出て1カ月後の10月24日、石原氏が自身のツイッターでつぶやくと、2500人近くが「いいね」と反応した。

 小学1、2年の児童8人を殺害、教員を含む15人に重軽傷を負わせた宅間元死刑囚の軌跡を追った作品は9つの章に分けられている。そのうち2つの章は事実関係を基に「創作」したが、弁護士や臨床心理士への取材インタビュー、ジャーナリストへの聞き取り、裁判記録などドキュメント(記録)と石原氏の考察を中心に編集された。

 全体を小説にすることは「全然考えていなかった。作家としても想像を絶する出来事で、とうてい理解できるものではない。亡くなった子どもたちへの供養のためにも、記録として残したかった」(石原氏)という。取材を進めても分かり得ない不可解さ、罪を犯した人間の存在の意味合い、その本質に達することはできなかったといい、過去の作品で扱った事件とは「異質のもの」(同)だった。

 それでも今回のテーマに分け入っていたのは「自身が己の『死』を強く意識する年齢に至ったせいかもしれぬ」「この齢に至るまで私自身は様々な『死』を垣間見た」と後書きに思いをつづっている。最近のツイッターの内容とともに印象的だ。

 ▽心境

 「死」を意識する年齢に至った、あるいは自分の「死に際」について書いてみたいと語る心境はどういうものか聞いてみた。

 「自分の死にざまを想像する。死んでしまったら書けるわけがないのだけれど、自分が死ぬことを見守りながら(自身でそれを)書きたいと思う」。年齢を重ねて、人間の最後の未知について書きたいという作家としての願望を石原氏は率直に語った。

 さらに話題は肉親の死にも及んだ。「僕は父親、母親の死に目に会えなかったけれど、弟(裕次郎)の時には立ち会ったな。『兄貴、おれはもう死ぬほど、だるいよ。片腕を切り落とされるほどの痛さ、このだるさだけ我慢できないんだよ』と話していた。あんなに苦しんで死にたくはないね…」。30年前に亡くなった弟裕次郎氏の闘病生活を振り返り、苦しみから解き放たれ臨終を迎えたときに「おい、裕さん、おまえ死んで本当によかったな。そう言いました」

 ▽生と死

 石原氏は1996年の作品「弟」で「燃え続けてきた炎が次第にゆらぎ、ゆらぎにゆらぎながら、ついにその一瞬何かに吸い込まれるように消えていく」「それはこの私が思わずほっと息をつくほど、待ち焦がれた果てにようやくもたらされた完璧な安息だった」と、裕次郎氏の臨終シーンを描いている。

 田中元首相になりきり1人称でその人生を物語る小説「天才」でも、娘の真紀子氏が呼び掛ける中、「それに応えて俺はただ、『眠いな』と答えた。そしてそのままもっと深く永い眠りに落ち込んでいったのだった」と、田中氏が亡くなるシーンで締めくくっている。

 田中氏の最期に立ち会った元秘書の話を参考にその状況を再現したという。

 作家であると同時に、国会議員、都知事として政治の世界に長く身を置き、慣れ親しんできたヨットレースでも生と死のはざまを体験した。「危ないことをやって(私のように)本当に死の影を見た人間はあまりいないと思います。ある意味、豊穣な人生だった」

  × × ×

 【メモ】校内児童殺傷事件 2001年6月8日午前10時10分すぎ、大阪教育大付属池田小の校舎に宅間守元死刑囚=事件当時(37)=が侵入、包丁で児童らを次々と襲った。2年の女児7人と1年の男児1人が死亡、1、2年生の13人と教員2人が重軽傷を負った。国と学校は安全管理の不備を認めて謝罪し、遺族らに賠償。全国の学校が安全対策を強化する契機となった。元死刑囚は現行犯逮捕され、03年に死刑判決が言い渡された。元死刑囚が控訴を取り下げ確定、04年9月に刑が執行された。

石原慎太郎氏の新刊「凶獣」と昨年出版した「天才」

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