②平戸の聖地と集落 春日集落と安満岳(平戸市) 異なる宗教が共生 重なり合う信仰の形

©株式会社長崎新聞社

 4月下旬、平戸市の春日(かすが)町を訪ねた。田植えを終えた400枚の棚田が水を張り、陽光にきらめいている。棚田の脇を歩くと、川のせせらぎとカエルの鳴き声が聞こえてきた。東には市内最高峰の安満岳(やすまんだけ)(536メートル)が高々とそびえる。

 平戸島西岸に位置する春日町は18世帯、66人が暮らす小集落だ。住民は約460年前の戦国時代にキリスト教に改宗し、禁教期には「潜伏キリシタン」となって、ひそかに信仰を続けた。

 集落中央に棚田から半円状に突き出た「丸尾山」という小さな岩山がある。市教委が2011年度に実施した発掘調査で、多くの遺体を寝かせて埋葬した跡が見つかり、約400年前のキリシタン墓地と分かった。

 集落の景観は江戸時代からほとんど変わっておらず、禁教期の生活をしのばせる。国は2010年、春日を含む平戸島の西岸と宝亀(ほうき)地区を県内初の重要文化的景観に選定した。

 「この棚田は先祖が信仰をつなぎながら作り上げた」。春日町のまちづくり協議会「安満の里 春日講」会長の寺田一男さん(67)が誇らしげに言った。

 ■納戸神祭る

 春日とキリスト教の関係はとても古い。イエズス会宣教師ザビエルは1550年、平戸で布教を開始した。1558年、平戸領主松浦氏の一族で熱心なキリシタンの武将籠手田安経(こてだやすつね)が、領地の平戸島西岸と生月島で強制改宗を断行した。春日集落も全員がキリシタンになり、集落内に大十字架と教会が建った。

 ところが1599年、松浦氏は領内のキリスト教信仰を禁じる。1614年には江戸幕府が全国に禁教令を出し、弾圧は激しさを増した。春日の人々は表向き仏教に帰依し、寺の檀家として務めを果たしながら、ひそかにキリスト教への信仰を続けた。

 明治初期の1873年、禁教令が撤廃されたが、春日の人々はカトリックに戻らずに「かくれキリシタン」となり、神仏も「キリシタンの神様」もそれぞれ信仰する禁教期の伝統を守り続けた。だから現在の春日にはカトリック信徒はおらず、教会堂もない。

 春日には「キリシタン講」という信仰組織があり、16枚の木札を袋に納めた「おフクロ様」を「納戸神」として祭っていた。おフクロ様の起源は聖母マリアと考えられている。キリシタン講は平成初期に途絶えたが、現在も集落内の民家が神棚で、おフクロ様を大切に保管している。

 寺田さんの祖父作太郎さん(1978年死去)は戦前、洗礼を授ける役職者「お水役」を務めていた。戦後も集落に病人が出ると、細いひもを束ねた「オテンペンシャ」という信仰用具で病人の体をたたき、おはらいをしていた。

 ■神々の霊山

 寺田さんの自宅には仏壇のほか、「お稲荷さま」を祭る祭壇と、「キリシタンの神様」を祭る神棚が共存している。「神様は全部同じ」とそれぞれを大切にする思いは、禁教期を生きた春日の人々も同じだったかもしれない。

 寺田さんをはじめ、春日の人々は安満岳を見上げて拝む慣習がある。安満岳は中世から近世にかけて寺社が存在し、神仏を祭った霊山であり、自然崇拝的な信仰の聖地だった。

 安満岳に登った。古めかしい石段の参道を上ると、山頂の「白山比賣(はくさんひめ)神社」に着いた。さらに奥へ行くと、古びた石のほこらと、「薩摩塔」と呼ばれる中国風の石塔があった。

 このほこらは、生月島のかくれキリシタンが唱える「神寄せのオラショ(祈り)」で「安満岳の奥の院様」と呼ばれ、現在もかくれキリシタンが参拝している。春日集落と安満岳は異なる宗教が共生し、信仰が重なり合う場なのだ。

 山頂の岩場に立つと、春日集落や生月島、海を隔てて遠く宇久、小値賀、上五島の島々を一望できる。

 その昔、西洋のキリスト教は大海を渡り、はるばる春日にやってきた。現在の春日にキリスト教の信仰は残っていない。だが、「キリシタンの神様」は長い年月を経て春日の風土に溶け込み、八百万神(やおよろずのかみ)の一柱になったのではないだろうか。

 ◎メモ

 JR佐世保駅前から西肥バスで平戸桟橋まで1時間半。生月バスで白石バス停まで25分。春日集落まで徒歩30分。春日公民館に駐車場がある。同桟橋から安満岳駐車場まで車で25分。山頂まで徒歩30分。春日集落から「平戸切支丹(きりしたん)資料館」(大石脇町)まで車で15分。問い合わせは平戸市文化交流課(電0950.22.4111)

 ◎コラム/おおらかな宗教観

 禁教期の春日集落では、各家庭がキリスト教のメダイ(メダル)や聖母像、聖画などを奥の納戸に隠し、ひそかに拝んでいたという。

 現在、春日の住民は妙観寺(平戸市山中町)の檀家(だんか)だ。寺田さんの家を訪ねると、仏壇、神棚と、大伯母が熱心に信仰していた「お稲荷さま」の祭壇が仲良く並んでいる。

 神棚には二つの「オコクラ」(小さな木製のお宮)が安置されている。寺田さんは祖母から、クリスマスにはオコクラの一つにケーキを供えるよう頼まれていた。10年以上前にそのオコクラを開けると、古いロザリオが出てきて驚いた。

 春日には多様な宗教が共生する伝統がある。日本人は初詣、お盆、クリスマスなど異なる宗教の行事を暮らしに取り入れているように、おおらかな宗教観を持つ。いま、世界では宗教が原因のテロや戦争が絶えない。違いを認め合うことが平和なのだと、のどかな春日の風景が教えてくれる。

(2017年05月19日掲載)

春日集落中央の丸尾山頂上から望む棚田と安満岳(左奥)=平戸市春日町
かくれキリシタンの信仰対象になっているほこら「安満岳の奥の院様」。左の石塔は薩摩塔=平戸市、安満岳
寺田一男さんが自宅で祭っているロザリオと祖父が使っていた信仰用具「オテンペンシャ」(左)=平戸市春日町