①長崎世界遺産学術委員会委員長 服部英雄さん いったんゴール目指す

 2007年に発足した長崎県世界遺産学術会議から推薦書の議論を重ねてきた。当然、世界遺産になると信じていた。われわれの責任も相当にある。

 文化庁に勤務時、日本で初めて世界遺産になった姫路城(1993年登録)の推薦書を書いた。当時の世界遺産登録は国が主導し、文化庁が価値を見定めた。現在は資産を持つ地元の主導となり、推薦書に地元の意見が強く反映される。教会群は、地元の教会を世界遺産にしたいという運動が出発点だった。教会の価値を主張したが、国際記念物遺跡会議(イコモス)は認めてくれなかった。

 イコモスから禁教と潜伏の歴史を中心に説明するよう求められているが、元来隠していたものを不動産で見せるのは難しい。普通の民家だが潜伏期に儀式をしていたとか、聖水を採取していた場所とか、そういうものを物証にして、物語性を持たせて説明する。範囲を教会周辺に広げ、周囲の物証を取り込み、潜伏して信仰を継続していた共同体を証明する資産に仕立て上げる。

 イコモスの要請に従い、「日野江城跡」と「田平天主堂」の除外を決めた。文化庁勤務時に原城と日野江城の調査に携わり、発掘現場を何度も見た。本当に価値があるので断腸の思いだ。だが、今夏の文化審議会で再推薦を得るには、イコモスの助言にしっかり対応できているかどうかが重要だ。受け入れざるを得ない。

 現在作成している推薦書はイコモスとの共同認識になる。まだ100点満点とは言えないが、今夏の再推薦を得られれば、2018年の登録までに最大限努力し、十全に仕上げる。今度こそ登録できるはずだ。

 急がずに時間をかけて推薦書を見直すべきと言う意見もあるだろう。だが、地元は長期間にわたり大変なエネルギーを注いできた。「明治日本の産業革命遺産」に先を越されて1年遅れた経緯もある。これ以上続けろと言うのは過酷。まずいったんゴールを目指すべきだ。その後に資産の追加登録を目指し、さらに内容を充実させてもいい。(2016年06月15日掲載)

【略歴】はっとり・ひでお 1949年名古屋市生まれ。東京大大学院修了。文化庁文化財調査官、九州大大学院教授、同院比較社会文化研究院長を歴任。くまもと文学・歴史館館長。著書「河原ノ者・非人・秀吉」「蒙古襲来」など。

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