「サッカーコラム」サッカーの本質から外れ、独自に進化 発足から四半世紀のJリーグ

日本―中国 後半、2点目のゴールを決める昌子=味スタ

 四半世紀―。この言葉に対する受け取り方は、人それぞれだろう。当然のことだが、人というものは自分を中心にものを考えがちだ。だから、筆者のように50歳を過ぎた者にとっては「25年前」と言われてもそれほど昔という感じは覚えない。だが、ついこの前のことだと思っていた「昭和」を、「昭和時代」と呼ぶ人が多くなっているという平成生まれの若者からすれば、受ける感じはまったく違うだろう。彼らからすれば、「25年」は自分の人生のすべて、もしくはほとんどの歳月ということになる。

 川崎の劇的な初優勝で幕を閉じた今季は同時に、1993年に華々しく発足したJリーグが25年の節目を迎えたシーズンともなった。この四半世紀を振り返ると、プラス面の方がもちろん圧倒的に多いのだが、マイナス面も少なからずあったのではないだろうか。

 Jリーグ設立の最大の目的。それはプロ化を通じて、日本代表の強化を図るというものだった。だが、もう一つの素晴らしい成果を全国各地で生み出した。そう、地域密着の「ホームタウン」という理念だ。これについては、バブル景気が弾けた影響で経済がいたく落ち込んでいた当時の日本において、Jリーグというプロジェクトを着実に実行するため、関係する人々を説得するために考え出された後付けの理念だったとする説もある。だが、たとえそうだったとしても、その素晴らしさに何ら変わりはないことは言うまでもない。

 組織と運営形態が整備されたという意味で、アジアの先駆けとなったプロリーグ。若手育成のユースチームの保持も義務づけたJリーグは、海外からスター選手と優秀な指導者が加入したことも相まって、日本人選手の意識と技術を一気に引き上げることに成功した。そして、1998年ワールドカップ(W杯)フランス大会から6大会連続で日本代表がW杯出場する結果につながった。しかし、最近の日本代表のメンバー表を見ると、そこに名を連ねるのは「欧州組」ばかり。いつの間にかJリーガーの存在感は薄れつつある。

 どこでかじを切り間違えたのかははっきりしないが、このところのJリーグはいわゆる「ガラパゴス化」しているのではないかと思うことがある。四方を海に囲まれた島国の日本は他国との交わりがないこともあって「独自の進化」を遂げている気がする。しかも、その進化の方向が「ゴールを奪い、ゴールを守る」という単純明快なフットボールの本質からかなりかけ離れているのではないかという懸念がしてならない。

 この国のサッカー選手や指導者は不思議なことに、得点よりもつなげたパスの本数を競い合う。だから、圧倒的にボールを支配したとしても、得点を奪えないチームが何と多いことか。プロならば、一番目立ち、チームを勝利に直結する「点を挙げる」ことが意識からなくなることなどありえないはず。ところが、その意識がまるで感じられないのだ。それは、自分の前に敵がおらず、ゴールまでのコースが空いているにもかかわらず、ロングレンジやミドルレンジからシュートを狙う選手が海外に比べて圧倒的に少ないことに現れている。だからだろう。東アジアE―1選手権の中国戦における昌子源や、ハモンロペス(柏)が天皇杯準決勝で見せたロングシュートが目立ってしまうのだ。

 記者としてではなく観客目線で見ていても、「なぜ、そこでシュートを打たない」と首をひねってしまう場面が試合中にしばしばある。なぜ、打たないのか。理由は簡単だ。キックの精度が低く自信がないので、シュートを打つ決意ができないのだ。加えて、少年時代にシュートをミスして怒られたことも関係しているかもしれない。これは、ロングシュートだけでなく、サイドチェンジといった長いパスでも同様だ。キックの技術がない選手は分かっていても、チャレンジしようとしなくなる。その選手の選択肢にあるのは、自分がキックを届けられる範囲だけなのだ。

 ボールを止めて、蹴る。サッカーの基本中の基本。これが自在に出来るだけで、選手としての寿命は確実に伸びる。いい例がマンチェスターU(イングランド)などで活躍したデービッド・ベッカムだ。決して走るのが速いわけでもなく、ドルブルができるわけでもない。彼が引退したのが38歳。最後にプレーしたチームはパリ・サンジェルマン(フランス)だが、この年齢までトップを維持できたのは、「右足のキック」があったからにほかならない。それを考えると、現在の日本の選手は少年時代から圧倒的にキックの練習が不足している。

 短いパスをつなぐサッカーばっかりしてきたから、長いパスができない。先日の東アジアE―1選手権でも日本代表が精度の低い縦パスを繰り返すのは見ていられなかった。ただ、Jリーガーにもロングパスのうまい選手が実はたくさんいる。残念なのは、そのほとんどが中村俊輔(磐田)や中村憲剛(川崎)といった40歳近い“オジサンたち”なのだ。

 2017年は浦和の2度目のアジア制覇で沸いたアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)。現在、日本のクラブに本戦3、プレーオフ1が与えられている出場枠が、19年、20年大会は直接2、プレーオフ2に変更となった。ACLの出場枠はアジア連盟(AFC)加盟国のクラブランキングを基準に決められるが、日本は14~17年の成績で中国に抜かれて東地区で3位に落ちたため、直接、本戦に出られる枠が一つ減った。つまり、日本はアジアでも優位性を失いつつあるのだ。

 このような状況の中、Jリーグはどのような立ち位置でこれからを歩むのか。最初にくる項目は単純だ。忘れてならないのは、サッカーの本質。“ガラ系”Jリーガーが増殖し過ぎれば、日本は国際競争力を失いかねない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で6大会連続。

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