【3割打者を考える(5)】昔も今も変わらぬ「3割」の価値と「伝統を愛する心」

日米で数多の「3割」到達を記録しているイチロー【写真:Getty Images】

「3割」が打者の勲章であり続けた理由とは…

 100年以上にわたって「3割」が、打者の勲章であり続けたのは、端的に言えば「投打のバランス」をそのまま維持したいと考える、リーグ、機構の意志によるものだった。

 乱打戦が増え過ぎればストライクゾーンを拡げ、ボールの反発係数を下げる。投手戦が増え過ぎればストライクゾーンを狭め、飛ぶボールを導入する。リーグ、機構は「野球」というゲームのスタイルを変えたくないと考え、投打のバランスが変わりそうになるたびに、ボールやストライクゾーンを微調整してきたのだ。

 だから3割打者は100年前も、現在も同じ価値を有し、すべての打者の目標となるのだろう。

 驚くべきことに、野球は1世紀以上もほとんどルール変更をしていない。5ボールが4ボールになったのは1889年、マウンドとホームベースの距離が15.24メートルから18.44メートルに変わったのは1893年。以後、競技場のサイズも競技のルールも、大筋はほとんど変わっていない。

 サッカーも長らく基本的なルールは変わっていないが、今ではお馴染みのレッドカードやイエローカードは1970年に導入された。一方で、バレーボールやバスケットボールは頻繁にルールが変更されている。日本の伝統的な格闘技である大相撲でさえも、戦後になって土俵の大きさが変更され、70センチの間隔の仕切り線が引かれ、力士が土俵に手をついて仕切るようになるなど、重要なルール変更があった。

 野球は基本ルールがほとんど変わっていない。だから、昔の選手と今の選手を比較することができる。もちろん、ルールが変わらなくても戦術は変化した。投手はかつて「先発完投」が当たり前だったが、今は先発、セットアッパー、クローザーと分業が進んでいる。60年前は「40勝投手」がいたが、今は20勝投手もほとんど出ない。その代わり、昨年のサファテのように54セーブを挙げる投手が登場した。

 しかし、投手の優秀さを表す防御率は大きく変化していない。1点台の投手は、昔も今も優秀だ。そして3割打者も。作戦や用兵に関わる数字は変化しているが、投打のクオリティに関わる数字の価値は、不変なのだ。だから、川上哲治や長嶋茂雄、イチローや秋山翔吾を比較して、どちらが優秀かという議論を楽しむことができるのだ。

 それは言い換えれば、野球を愛するファンが昔ながらの「野球の理想像」を大事にしている、ということでもある。昔、大活躍した選手の姿を、今、再び見たい。野球ファンは常にそう思っている。優秀な新人選手は、常に過去の名選手の「再来」と言われる。破天荒、前代未聞と言われる大谷翔平でさえも、二刀流で2桁勝利、2桁本塁打を記録した「ベーブ・ルースの再来」と呼ばれるのだ。

 アメリカ人が野球を「Old Ball Game」と呼ぶのは、古きを愛し、先人に敬意を払い、その伝統を守り伝える特別な競技だからだ。

「3割打者」の価値が不変なのは、「野球の理想像」が1世紀以上も変わっていないからだ。

1936年秋以来、NPBで3割に達した打者は…

 NPBでは1936年秋のシーズンから個人成績を表彰している。以来81年、規定打席(打数の時代もあった)に達した選手は延べ5063人に上る。このうち3割打者は1144人。全体の22.6%だ。

○3割到達回数の10傑

16回 張本勲
13回 王貞治
12回 川上哲治
12回 落合博満
11回 若松勉
11回 前田智徳
11回 長嶋茂雄
10回 小笠原道大
10回 門田博光
9回 L.リー
9回 加藤秀司
9回 山内和弘
9回 大下弘

○3割到達回数の現役5傑

8回 内川聖一
7回 松井稼頭央
6回 糸井嘉男
5回 福浦和也
5回 福留孝介

他にも以下の2人がいる。

7回 イチロー
6回 青木宣親

 彼らはこの数字のために骨身を削って努力をし、投手と虚々実々のかけひきをし、時には全力疾走し、時には滑り込んで、塁を奪おうとした。3割は努力と才能の結果なのだ。

 2017年は両リーグ合わせて55人が規定打席に達したが、3割打者はパ2人、セ7人の9人だけだった。

 1世紀の風雪を経て「3割打者」の価値はいささかも色褪せない。今年は何人が「3割打者」の称号を得るのだろうか。

(Full-Count編集部)

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