蒼井優「うそのない舞台に」 全身全霊で臨む主演舞台「アンチゴーヌ」

 女優の蒼井優(32)が主演する舞台「アンチゴーヌ」が9日、東京・新国立劇場小劇場で幕を開けた。物語は、ソフォクレスのギリシャ悲劇を、フランスの劇作家ジャン・アヌイが翻案した戯曲。法と秩序を守り、権力者として政治の責任を貫こうとする冷静な王クレオン(生瀬勝久)と、自分の信念を貫くアンチゴーヌ(蒼井)の対決を通じ、生きることの矛盾と葛藤が描かれている。

 幼少期からモデルとして活動し、1999年にミュージカル「アニー」のポリー役でデビューした蒼井。本戯曲との出合いは、19か20歳の頃といい、以降、機会があるごとに繰り返し物語に触れ、大切にしてきたという。役者として糧としてきた作品に、出合いから約12年の時を経て主演すると聞いたときは、「(干支が)1周してまさか自分がやることになるとは」と驚いた。言葉を自分のものにしようと脚本を読み込み、稽古で動いていく中で、読んだ当初に重ねていたアンチゴーヌへの思いが、徐々にクレオンへと動くことを感じた。

 変化に気づいた演出家の栗山民也に「うそのない舞台にしましょう」と声をかけられ、まとまったのは「毎回、公演ごとに真実は変わっていくと思いますが、本当だけを大切に頑張っていきたい」ということ。思いを貫きたいと挑み続けるアンチゴーヌと同じ炎が胸に宿った。◆ 物語の終盤。反逆者である兄の死体を、見せしめのために野ざらしにされたことを知ったアンチゴーヌは、兄の魂がさまよわないよう、埋葬をしに向かう。しかし、憲兵に見つかりとらわれの身に。両腕を縛られ、城に連行されてしまう。蒼井が「一番の見どころ」と胸を張るのは、とらわれの身になった自らと生瀬が、約45分の間、2人だけで思いをぶつけ合う場面だ。

 「兄を弔わなければ」と制止を振り切り兄のもとに向かおうとするアンチゴーヌは、行けないのならば死を選ぶ、と地べたを転がり叫ぶ。息子の婚約者である彼女に、息子と結婚し穏やかに暮らすことをすすめるクレオン。髪を振り乱し鬼のような形相でぶつかってくる蒼井に、生瀬は「力だけではどうしようもなくて、技が掛からない女優」と舌を巻く。

 栗山が交差点をイメージしたという舞台は、客席の真ん中に十字型の通路が組まれ、その周辺を観客がぐるりと囲む。

 信念を貫きたいアンチゴーヌと、真逆の考えを持つ王は理解し合うことはない。しかし、王に自分が知らなかった兄の真実を告げられ、思いを通すだけではなく“賢く生きること”が幸せにつながるのだとうながされ、心が動く。

 王座と、質素な椅子が置かれただけの舞台。蒼井と生瀬が舞台を交差し、にらみ合うと、流れる気や床を踏みしめる強さ。声色、身ぶりなどで2人の役者が心の揺らぎを表現していく。蒼井は客席通路に下りる場面もあり、観客はその息づかいを感じることもできる。

 昨年12月に始まったという稽古は、「正月の3日間休んだだけ」と並々ならぬ思いで臨んでいる。生瀬は「演劇史に残るものにする自信がある」とことし初舞台に自信をのぞかせた。

 公演は新国立劇場小劇場で27日まで。2月3日の長野県松本市を皮切りに、京都、愛知、福岡と巡演する。(西村綾乃)

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