第2回 被害想定を信じるな 銀座での死亡者は数名? 

編集部注:この記事は2014年12月にお亡くなりになりました齋藤氏が執筆された「リスク対策.com」本誌2014年3月25日号(Vol.42)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年5月11日)

1 銀座での死亡者は数名? 

8年前の東京都総合防災部在職中に、ある方から「東京都中央区銀座の地震による死亡者は数名しかいなく、しかも、多くの中間人口(約60万人)は含まれていないのは、おかしい」とのご指摘を受け、早速、当時の「首都直下地震による東京の被害想定(平成18年5月公表)」を調べてみました。最も被害が大きい東京湾北部地震(冬の18時・風速○メートル)での死者は、中央区全体で約150人で、うち銀座地区の夜間人口で単純に割ると数名でありました。 

そこで、改めて「被害想定」の全文を読んでみると、いくつかの仮説を積み重ねて算定したことが明らかになりました。

(注)これ以降の文章や数値は、平成24年4月公表の「首都直下地震等による東京の被害想定」による。アンダーラインは筆者記入。
 http://www.bousai.metro.tokyo.jp/taisaku/1000902/1000401.html

2 仮説を積み重ねて算定した被害想定 

東京都防災ホームページの被害想定から、「首都直下地震等による東京の被害想定」をみると、次の前提条件のもとに算出されたものであることが分かります。

また、人的被害については、①建物全壊(ゆれ・液状化)による死傷者数、②急傾斜地崩壊による死傷者数、③火災被害による死傷者数、④津波浸水による死者数、⑤屋内収容物の転倒・落下等による負傷者数、⑥ブロック塀等の転倒による死傷者数、⑦落下物等による死傷者数の7項目が算定されています。 

こうした前提のもとで、最も被害が最大となる東京湾北部地震(M7.3 冬、夕18時、風速8m/秒)で、都全体の死者が9641人となり、千代田区(夜間人口約4万7000人、中間人口約85万人)で273人、中央区(夜間人口約12万人、中間人口約65万人)で151人、港区(夜間人口約20万人、中間人口約91万人)で200人です。 

さらに、原因別でみると次のとおりで、新幹線の被害は含まれていません。

被害想定の第3部には「被害想定手法」があり、その中に「被害想定成果の活用に向けた留意点」が記されています。 

被害想定とは、このように限られた少数の事例をもとに、様々な仮定をおいて推計され、その結果として出された数値であり、メディアではこれらの前提条件や留意事項について言及されておらず、死者数などの数値だけが独り歩きしており、そのまま信用すべきではないと考えています。

3 被害想定を示した図表 

一方、被害想定は、地域の特性を詳細分析するため、建物被害については都内250m×250mメッシュに区分し(東京都全体で約2万8000メッシュ)ごとに、その地域のデータ(木造建物と非木造建物の構別や築年次別などのデータ)を被害推計式に投入しています。このため、算出された被害想定の地域別状況は、どの地域で甚大な被害が発生するかについては、ほぼ正確に表しております。 

私が講演などで利用している被害想定の図表は次のとおりで、地震のタイプ別に一目で分かるように記載されています。

4 国の首都直下地震対策検討ワーキンググループ報告 

平成25年12月19日、中央防災会議首都直下地震対策検討ワーキンググループは、「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)」を公表しました。その概要は、別図のとおりで、防災対策の対象とする地震として、次の2つの地震をあげ、被害想定を次のように想定しています。

(1)都区部直下のM7クラスの地震 【都心南部直下地震(M7.3)】 
(30年間に70%の確率で発生)

(2)相模トラフ沿いのM8クラスの地震【大正関東地震タイプの地震(M8.2)】
(当面発生する可能性は低い)

■首都直下地震対策検討ワーキンググループ(内閣府防災情報ページ)
http://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg/

これをみると、市街地火災の多発と延焼の死者が、建物倒壊による死者の約1.5倍となっており、にわかに信じることができませんでした。 このため、火災による被害の想定手法をみると、これまでの地震や大火事例が少なく、「延焼拡大時の逃げまどい」は関東大震災と函館大火の2事例から算定されており、当時と現在との建物構造、周辺道路、被害情報の伝達などが異なっており、実態からかけ離れた数値ではないかと考えられます。

5 「30年間に70%の確率」の意味 

首都直下地震対策の発生(南関東で発生する)確率は、30年間に70%の確率と言われています。これは、毎年1月1日付で、地震調査研究推進本部事務局(事務局:文部科学省研究開発局地震・防災研究課)が発表しているもので、近代的な地震観測が開始された1885年以降の地震で、相模トラフ沿いの地震でM7程度の地震が120年間に5回発生しており、その平均発生頻度は23.8年と推定され、それを今後30年以内の発生する確率にすると70%となるものです。 

また、大正型関東地震や元禄型関東地震の今後30年以内に発生する確率は、「ほぼ0%~2%」「ほぼ0%」ととなっています。

■海溝型地震の長期評価の概要(地震調査研究推進本部)
http://www.jishin.go.jp/main/choukihyoka/kaikou.htm

これらの確率は、地震が周期的に起きている実態を、過去の限られた発生時期と件数から、今後の発生確率を推測しているもので、私は、首都直下地震は「確率ではなく、いつ来てもおかしくない」と考え、必要な対策を講じていくことが重要であると考えています。

今回のポイント:被害想定の数値を信じるな、必ず来る首都直下地震へ備えよう

次回は、「企業よ、安否確認や備蓄をするな」

(了)

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