第3回 企業よ、急いで安否確認をするな 安否確認は何のため?

今回は、企業の防災・減災対策の基本ともいうべき「従業員の安否確認」について、検討してみましょう。従業員の安否確認については、会社の安全配慮義務と、BCP(事業継続計画)の達成という大きく2つの目的がありますが、勤務時間外と勤務時間内に分けて、Q&A方式で記載してみましたので、参考にしていただければ幸いです。

編集部注:この記事は「リスク対策.com」本誌2014年5月25日号(Vol.43)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年5月17日)

Q1 勤務時間外に地震が発生し、会社に誰もいない場合、従業員の安否確認は何のために行うのですか?

A1-1 安否確認の目的を明確化する 
安否確認とは、従業員が「①無事かどうか、②出勤可能かどうか」について確認するためのものです。震災直後、電気や通信、公共交通機関が止まり、主要幹線道路も緊急車両以外が通行禁止となる中で、安否確認の必要性を再考してみましょう。 

まず、無事であるかの報告ですが、従業員が自宅で震災直後に負傷したり、万一死亡したとして、会社として直ちに何らかの対応を講じることはできません。このため、震災直後の通信手段の不通時に、出勤を伴わない「単なる安否確認」の必要性は低く、通信手段が回復してから行えば良いのではないかと考えられます。 

一方、従業員が参集できるかどうかの確認は重要です。特に、ライフライン関連企業や医療機関など生命維持に不可欠な企業などでは、震災直後から緊急対応が求められています。このため、事前に「緊急時の参集態勢」を定め、必要な社宅を用意したり、参集できなかった場合の代行者も定めています。こうした企業では、実際に緊急参集ができたかどうかが重要であり、その結果として安否確認がされています。 

また、震災直後に緊急対応を必要としない企業では、従業員をむやみに出社させることは、人命救助やライフライン復旧の妨げとなる場合も考えられます。このため、建物設備などの被害状況把握ほか、社内での二次災害防止措置を講じるため、「必要最小限の従業員が参集する態勢」を、あらかじめ定めておくことが重要です。

 

A1-2 震災直後の実施すべき業務と参集態勢
勤務時間外に地震が発生した場合、どのような業務を実施し、そのために誰が参集しなければならないかを検討しましょう。 
多くの企業では、BCPを策定し、業務の現況分析を行うとともに、業務ごとの復旧目標時間を設定し、時系列に応じた業務概要とそれに必要な従業員数(参集すべき人員)を定めています。しかし、こうした時系列に応じた業務の実施方法まで細かく明記している企業はほとんどありません。

そこで、筆者がBCP(あるいは震災直後の対応マニュアル)の策定支援を行った事例を紹介します。 

 

震災直後から実施すべき業務が山積している行政、医療機関、入所者がいる社会福祉施設では、人命救助や利用者などの安全確保、ライフラインの復旧など、緊急かつ重要な業務を実施しています。このため、震度に応じた役職者別の参集態勢を定めて、徒歩や自転車、バイクで参集することとなっています(表1参照)。 

一方、震災直後に緊急業務を実施する必要性のない企業などでは、震災直後に電気や通信、公共交通機関が止まり、主要道路も緊急車両以外が通行禁止となる中で、従業員を出社させること自体に問題があります。そこで、施設・設備などの維持・管理などに必要な従業員もしくは近隣の従業員のみ、緊急参集させることと定めておきます。

A1-3 緊急時の参集態勢の疑問点 
多くの企業などのBCPには、「○○時間内に実施すべき最優先業務」が定められ、そのため「○○時間以内に参集可能人員は○名」と記載されています。 

ところが、その人数が実際に参集できるとは限りません。それは、「従業員本人やその家族がケガをせず、1時間以内に4㎞を歩いて来る(自転車の場合10㎞)」との前提で、参集態勢が定められているからです。実際に、誰もケガをせず歩いて時間通りに来られるか、道路が通行できるかなど疑ってしまいます。現実的には、家族の安否を確認後、多少の準備をして自宅を出るまでには、小1時間かかると考えるべきであり、さらに歩くとしても、道路も何らかの損傷などを受けている可能性があり、平常時の2倍以上の時間はかかるものと想定しておくべきです。 

また、「まずは自分の安全確保、次に家族の安否確認の上で出勤」というルールを定めている企業がほとんどだと思いますが、家族が死亡やケガをして安全が確認されない場合、出勤することは難しいでしょうから、実際の参集人員はさらに少なくなってきます。 

さらに、過去の災害では、参集した従業員が3日3晩、不眠不休で業務に従事したとの話も聞きますが、1日目は何とか頑張ることができても、2日目は休憩するか、自宅や家族が心配で帰宅させる必要もあることなどから、交代要員も考えておかなければなりません。

A1-4 指示・命令するトップは参集できるのか 
多くの企業の緊急時体制は、対策本部長には社長、副本部長には副社長と、平常時の役職の序列に沿って定めています。

では震災直後に、本部長または副本部長が直ちに参集できるかといえば、大いに疑問があります。社長や副社長は多忙を極め、出張も多く、会社の近くに居住しているとは限りません。このため、あらかじめ本部長または副本部長を代行する危機管理担当責任者を定めているところもあります。 

いずれにしろ、指示・命令するトップが参集しなければ、組織的な対応ができないことは明らかです。また、従業員の安否確認や建物設備などの被害状況などの必要となる情報が入らない中で、どのような指示を出すかについて定めておくことが重要です。 

まずは参集できた人員で対策本部を設置すること、次に、1回目の対策本部会議での検討事項(災害の規模や被害状況等により対応は異なるものの、組織的な対応ができる必要最小限のチェック事項)を定めておくべきです。筆者が考えている事項は以下の通りです。なお、従業員の安否確認は、通信手段の復旧後に実施すれば良いと考えています。

 

A1-5 安否確認システム導入の前提条件 
震災など緊急時の従業員の安否確認については、委託業者から自動的にメール配信する「安否確認システム」を導入している企業がありますが、このシステムを使う場合、以下の点に注意が必要です。

 ①メール配信が可能な通信状況であること
 ②従業員の安否状況がメールで返信されること
 ③安否状況の集約結果について、メールで確認できること
 ④安否確認結果を踏まえ、必要な参集人員を確認できること
 ⑤参集すべき従業員に対して、参集するよう指示できること
 ⑥参集した従業員により、緊急対応業務が行われること 

このうち、⑥の緊急対応に疑問を持たれる方が多いと思われますが、前述したように安否確認の目的は「従業員が参集できるか」どうかの確認ですから、参集した従業員が何らかの緊急業務を実施できるようにしておく必要があります。 

このため、時系列に応じた業務内容と必要参集人員とを定めた「緊急業務実施計画」のようなものが必要で、かつ、従業員の緊急参集基準を定めておくことが、安否確認システム導入の前提条件になると考えられます。

A1-6 安否確認は、会社側から行うべき業務か
安否確認システム導入の有無にかかわらず、会社側から従業員に対して安否状況の報告を求めることの是非についても考えておく必要があります。震災直後、社内の限られた人員の中で、安否確認のために相当の時間を要することや、通信環境が輻そうする中「会社⇒従業員⇒会社」の2度にわたるメール送信は、現実的でしょうか。 

筆者は、「震災時の安否報告は、従業員の責務」として、従業員から会社側へ、できれば複数の指定したアドレスへメール送信を義務付けるべきと考えています。その際、「①自らが無事であるかどうか、②緊急参集ができるかどうか」の2項目だけの連絡で良いと考えます。そして、全従業員を対象にした安否確認訓練を年数回は実施することが重要です。 

なお、メール連絡がない従業員へは、通信手段の復旧後に電話連絡して確認することも定めておきます。

Q2 勤務時間内に地震発生した場合、会社として従業員や来客者の安否確認を誰が、どのようにして、何分程度で行うべきか?

A2-1 安否確認を実働訓練で実施したら、どうなったか 
勤務時間内に地震が発生した場合は、会社として安全配慮義務が生じることから、従業員や来客者の安否確認は直ちに実施すべき最優先業務で、しかも短時間で完了させなければなりません。 

そこで、いくつかの企業で、震災直後の安否確認と第1回対策本部会議について、実働で訓練を実施してみました。 

初めて実働訓練した企業においては、あらかじめ訓練概要を説明し、照明が消えたら地震発生・訓練開始としました。全員、机の下に入るなどの自身の安全確保はできましたが、部署単位で安否確認する際、課長が「全員大丈夫ですか」と声かけをしたものの、課員から「大丈夫です」との返答はありませんでした。 

また、別の企業では、数名の方に、①ケガをして痛いと騒ぐ、②ショックで机の下に声を出さずじっとしている、③突然外出して30分後に戻るなどの行動をとってもらいましたが、フロアの責任者や他の課員は、机の下でじっとしている方への声掛けをせずに安否確認を終了し、外出した方についても不在確認をすることができませんでした。 

訓練ですらこのような状態です。このような結果となった要因としては、これまでの多くの訓練が、「地震発生⇒火災発生⇒建物外への避難」といった訓練にとどまっていることにあると考えています。 

震災直後の対応訓練としては、①従業員と来客者の安否確認、②建物内外の被害状況把握、③火災等二次災害の拡大防止、④負傷者への対応などを行い、それらを踏まえて1回目の対策本部で「建物内に留まるか、建物外避難か」について判断することになります。 

現実に、震災直後の余震が続く中で、落ち着いて行動し、安否確認を確実に行うためには、「①従業員の一人ひとりの行動基準、②震災直後のチェックリスト」が不可欠です。 

A2-2 震災直後の行動基準とチェックリスト 
震災直後の行動は、災害対策本部から指示を受けて行うものではなく、従業員一人ひとりが自覚して行動することが必要です。行動基準の例は次のとおりです。

①自らの安全確保(机の下へもぐる、ヘルメットを着用するなど) 
②自ら安全であるための確認(大きな声で「大丈夫」と言う、自分の声が聞こえる、めまいがしていない、体に痛みや出血がない、歩行可能など) 
③周囲の人の安全確保(声掛け、負傷した場合の応急措置など) 
④フロア全体の安全確認(建物設備等の被害状況、エレベータ内の閉じ込め確認、火器や危険物の確認、危険個所の立ち入り禁止表示など) 
⑤フロア責任者への報告 

これらの行動ができた後、フロア責任者を交えた対策本部会議が開催され、従業員と来客者の安否確認と建物内外の被害状況等を確認し「建物内に留まるか、建物外へ避難するか」の判断をします。できたら30分以内には完了することが望ましいと思っています。 

ここで重要なことは、従業員からフロア責任者へ、そして対策本部へと自動的に報告がされることです。会社側(対策本部等)から、安否確認の指示がなくとも、対策本部室内にあるホワイトボードに安否状況が記載されるシステムができるよう、回を重ねて訓練することが必要です。 

震災直後のチェックリスト(特別養護老人ホームの例)は、以下をご参照ください。

今回のポイント 

①安否確認方法は、勤務時間外と勤務時間内では異なる
②安否確認以前に、「参集基準」「緊急業務実施計画」とを策定すべき
③震災直後の「行動基準」「チェックリスト」やが不可欠

次回は、「企業よ、無駄な備蓄をするな(備蓄倉庫は必要か)」です。

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