シカと生態系破壊 誰が対策を担うのか 川口幹子氏

 増えすぎたシカによる問題が各地で叫ばれている。対馬では、生態系への影響が少ないとされる適正頭数の10倍もの数が生息し、農林業被害は後を絶たず、下草がなくなった山では小規模な土砂崩れが日常的に起こっている。対馬のみに生息する貴重な植物も見られなくなってきている。

 シカの増加要因については、天敵のオオカミの絶滅や、積雪量の減少による冬期の死亡率低下など、さまざまな指摘がある。しかし一番の要因は、山への人の関わりが縮小したことではないかと思う。

 対馬では、ツシマジカが1966年に天然記念物に指定され、狩猟が禁止された。そのわずか4年後には農林業被害が深刻化。81年に有害駆除が開始されたが、15年の間に爆発的に増えてしまったのだ。背景には、里山産業の縮小もあっただろう。シカにとって農地や林縁部はレストランのようなもの。以前は簡単に近寄れる場所ではなかったが、耕作放棄が進み、山の手入れもされなくなりシカの楽園となった。

 各自治体はシカ捕獲の報奨金を出しているが、減る兆しがない。短期間のうちに個体数を減少させなければ、繁殖力の高いシカはまた増えるからだ。狩猟者の高齢化も進み、今後誰がその有害駆除を担うのかも深刻な問題である。

 生態系は、ある程度の攪乱(かくらん)を受けても元の状態に戻る回復力を持っている。しかし、攪乱が長期間継続すると、生態系の機能や構造が大きく変化し元には戻らなくなる「レジームシフト」という現象が起こる。シカの増加はレジームシフトを引き起こすレベルにある。その緊急時に、報奨金による狩猟誘導という個々の猟師に委ねるような対策で果たして十分なのだろうか。

 今こそ公的な力を結集し、大胆な対策を打つべきときではないかと思う。一つ目は、建設業界の力を道路から山に振り向け、公共事業として里地や保護林などに防護柵を設置すること。シカの密度をコントロールするためだ。

 二つ目は、鳥獣保護管理法の特例措置で日没後の銃猟を限定的に認めること。シカが集団で里に降りてくる日没後に一斉に捕獲するためだ。

 最後は、無知を承知の提案だが、自衛隊の活用だ。シカによる生態系破壊はもはや災害レベルであり、国土保全と人命に関わる問題である。

 これらはあくまでもレジームシフトを起こさないための緊急対策である。根本的には、里山への人の関わりを、誰が、どのように担っていくのかを考えなければいけない。緊急対策と長期ビジョンを並行して進めなければ、この危機は乗り越えられない。

 【略歴】かわぐち・もとこ 1979年青森県出身。地域おこし協力隊員として対馬市に移住。対馬グリーン・ブルーツーリズム協会事務局。農村交流や環境教育に取り組む。北海道大大学院環境科学院博士後期課程修了。

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