物語の世界でも注目の将棋 自分との闘いが今風のテーマ

将棋を題材にした小説や漫画など

 将棋が空前のブームである。藤井聡太君という若きスター棋士が誕生して脚光を浴びたと思ったら、第一人者の羽生善治さんは永世七冠という前人未到の境地に達した。引退した大ベテラン、加藤一二三さんも親しみの湧くキャラクターで人気を集めている。将棋を始める子どもたちや、熱い視線を送る女性も増えている。

 まったくの素人ながら、1年ほど前から将棋の取材にちょっぴり関わるようになった。専門的な知識を持っていないからまともな記事は書けないけれど、将棋をテーマにした小説や映画なら楽しんでいる。そのきっかけになったのが、漫画とアニメの「3月のライオン」だ。

 親きょうだいを事故で亡くした少年がプロ棋士の養子となって才能を発揮していくが、実の子どもたちとの確執で家を出る。1人暮らしを始めた主人公は、近くに住む3姉妹と親しくなり、家族のように心通わせる。家具もない部屋で1人暮らしする主人公の姿に、自分が学生や独身だった頃の暮らしを重ね合わせた。

 放送中のアニメに続いて昨年は実写映画にもなった。前後編2作にわたる大作は原作に比較的忠実なストーリーで、主演の神木隆之介も繊細でナイーブな主人公にぴったりだった。

 一昨年公開された実写映画「聖の青春」は、腎臓病やぼうこうがんを患いながら、名人を目指した実在の棋士、村山聖さんの短い生涯を描いた。壮絶な生きざまに圧倒される原作のノンフィクションに比べると、東出昌大演じる羽生さんと心の奥深くでつながっているライバル関係が印象的だ。体重を大幅に増やして村山さんの実像に迫った主演松山ケンイチが、力のこもった演技を見せている。

 昨年は小説のジャンルでも、柚月裕子さんの「盤上の向日葵」が出版されて話題になった。実業家など異色の経歴をたどり、30歳を超えてプロになった棋士を巡るミステリー。殺人事件の背後に、不幸な生い立ちを背負った棋士の秘密がある。

 将棋のプロになるには子どもの頃からの鍛錬と、年齢制限がある厳しい制度をくぐり抜けなけなければならない。棋士たちの子ども時代からのエピソードが、おのずと人を引きつける物語になるのだろう。

 映画といえば、よく知られた名作がある。坂田(阪田)三吉を取り上げた北条秀司の戯曲を時代劇の名匠、伊藤大輔監督が映画化した「王将」(1948年公開)。阪東妻三郎演じる、貧しく読み書きができない三吉が、大好きな将棋の世界で頂点にのしあがっていく。苦労しながら支える妻や娘との関係が泣かせる。坂田三吉の物語は伊藤監督自身、何度もメガホンを取り、村田英雄の歌「王将」も大ヒットしたほど人気があった。

 坂田三吉の分かりやすく力強い話に比べると、「3月のライオン」などは人物の繊細な心の内を描く。盤上の勝負もさることながら、自分との闘いが今風のテーマといえるだろうか。孤独、苦悩、葛藤―。こうした人間ドラマが、勝負の裏に隠れている。将棋を巡る物語が注目されている理由は、そんなところにもあるのかもしれない。

 これから期待しているのは、今年公開予定の映画「泣き虫しょったんの奇跡」。年齢の壁に阻まれいったん棋士の道をあきらめた瀬川晶司さんが、プロ編入試験を実現させ夢をかなえる自伝が原作だ。つらかったはずの挫折に向き合って書いた文章は胸に迫る。自らも棋士を目指した経験がある豊田利晃が監督、松田龍平とRADWIMPSの野田洋次郎が出演するというこの映画、どんな感動を見せてくれるだろうか。(共同通信文化部記者・伊奈淳)

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