金属行人(1月26日付)

 帰宅ラッシュにはまだ早い午後4時というのに地下鉄はずいぶん混んでいた。溜池山王駅で降りると駅員さんがスコップ片手に慌ただしい。大雪に見舞われた22日の東京は、日が暮れるほどに白かった▼同駅からほど近い首相官邸で「ものづくり日本大賞」内閣総理大臣賞の表彰式が始まったのは午後6時近く。会場に入ると、満開の桜が一面にあしらわれたじゅうたんが広がっている。厳しい吹雪から花吹雪へ。JFEスチールの研究者ら受賞者諸氏の心持ちは実際そうだったかもしれない。首相の挨拶の言葉を借りれば「決して平坦ではなかった道のり」を「ものづくりへの強い決意」で乗り越えたどり着いた一足早い春景色だったろう▼閉じていたものに裂け目が入る様子を「ほころぶ」という。大雪の東京に都市のほころびを感じた方もいるだろうが、どうせなら梅や桜のつぼみに添えたい表現だ。漢字では「綻ぶ」と書く。糸へんが使われるのは、その裂け目が糸で繕えるほどわずかだからとものの本にある▼たとえそうでも安全や品質と隣り合わせにしたくない表現でもある。受賞のような喜びがあればもちろんだが、そうでなくても思わず顔をほころばす。そんな春の訪れになるといい。

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