【特集】谷川俊太郎さん「詩の持つ力」(1) 人を魅了する言葉はどこから

谷川俊太郎展=2018年1月、東京都新宿区

 多くの人が知っている詩人谷川俊太郎さん。その谷川さんが少年期から今までを振り返り、自らをテーマにした展示会を開いている。ふと興味を持って会場を訪れた。軽やかに口ずさめて、読者の心にすっと届く作風。86歳の今も第一線で活躍する、あのみずみずしい感性はいかに育まれてきたのか。その名も「谷川俊太郎展」で表現しようとした自身の実像、これまでの講演や対談で語ってきた谷川さんの詩への思いを手がかりに探ってみた。(共同通信=柴田友明)

 ▽巨大な詩の柱

 1月21日の東京都新宿区の東京オペラシティアートギャラリー。閉ざされたカーテンをくぐると、暗がりの空間の四方にいくつものモニターが並んでいる。「かっぱかっぱらった/かっぱらっぱかっぱらった/とってちってた」。スペースの中央に立っていると、谷川さんの朗読の声が響き、モニターにその文字が現れては消えていく。小学校の国語、音読授業で使われる谷川さんの「かっぱ」など3編の詩を音と映像でじかに体感する趣向のようだ。

 音読のシャワーを浴びたような気分になって、次の広いスペースまで歩いて行くと、いくつもの巨大な「言葉の柱」が目に飛び込んできた。谷川さんの詩が1行ずつ、人の背丈以上の縦長の白いボードに書かれている。

 「私は背の低い禿頭の老人です/もう半世紀以上のあいだ/名詞や動詞や助詞や形容詞や疑問符など/言葉どもに揉まれながら暮らしてきましたから/どちらかというと無言を好みます/私は工具類が嫌いではありません/また樹木が灌木も含めて大好きですが/それらの名称を覚えるのは苦手です/私は過去の日付に余り関心がなく/権威というものに反感を持っています」…。「自己紹介」という詩で、1行ずつ大書されたボードは実は本棚の側面のようになっていて、回り込めば、さまざまなものが陳列してある。

 谷川さんは1952年に詩集「二十億光年の孤独」で鮮烈デビューした。その詩を書き込んだ大学ノートが見開きで展示されていた。若き日の谷川さんが詩を書きためていたのを知った父親が詩人三好達治さんにノートを見せ、雑誌に取り上げられたことが世に知られるきっかけだった。詩人として第一歩を飾った象徴とも言えるノートは古く変色していたが、「人類は小さな球の上で/眠り起きそして働き/ときどき火星に仲間を欲しがったりする」という書き出しが読み取れた。

 ▽詩が生まれる瞬間

 別のボードの横に展示されている大学ノートには、語呂合わせになる言葉を五十音順に並べた手書きの一覧表があった。「音韻的に面白く組み合わせる、言葉の設計図」との解説が付いていた。詩作というのは脳裏から自然に湧き起こるようなイメージを持っているが、谷川さんが言葉のマッチングにさらに磨きをかけるために独自の工夫をしてきたことがうかがえた。

 「私が書く言葉には値段がつくことがあります」。詩(自己紹介)の最後の言葉に沿う内容なのだろう。そう書かれたボードの本棚には数十冊の本人の詩集、それと「マザーグースのうた」や「スヌーピー」など自ら手掛けた翻訳本も集められていた。

 谷川俊太郎展の趣意書では「影響を受けた『もの』や音楽、家族写真、大切な人たちとの書簡、コレクション、自らの撮影による暮らしの映像等を展示しながら、それにまつわる詩を織り交ぜ、谷川俊太郎の詩が生まれる瞬間にふれる試みです」とある。谷川さんの詩と関連するグッズでできた「雑木林」を散策するようなかたちで詩人谷川の今を知る試みは斬新に思えた。ただ、詩が生まれる瞬間までは展示物から味わうことはできなかった。

 ▽「鉄腕アトム」の秘話

 「空をこえて ラララ 星のかなた」。どこかで聞き覚えのあるメロディが聞こえる。展示スペースを早足で進みすぎたようだ。少し戻ったところに「鉄腕アトム」主題歌のレコードジャケットが展示されていた。この作詞は谷川さんによるものである。

 「手塚治虫さんから(作詞依頼の)電話がかかってきて僕も若かったから感激しましたね」。谷川さんがこの大ヒットしたアニメとの縁について語ったのを直接聞いたことがある。1月12日、広辞苑第7版刊行を記念して行われたイベント会場での講演だった。司会進行役の男性から、著作権料、歌詞の印税もだいぶ入ったのではと問われ、谷川さんは「僕が著作権持っていたら今ごろこんなところ来ていませんよ。(フランスの避暑地の)カンヌあたりにいます」と語り、聴衆の笑いを誘った。「(手塚さんの)虫プロダクションがお金のことを言ってこないの。(当時)テレビの地方のネット局でもすごく放送されていて、年間1億円という数字になった。でも(経営が苦しい)手塚さんのプロダクションからは絶対1億円のお金は取れないと思って、恐る恐る『買い取ってください』『50万円でどうですか』と言ったら、パッと小切手くれました」「後で友達からバカだ、バカだと言われました」。谷川さんはギャラを巡る秘話を淡々と語り、またも会場は笑いに包まれた。

 その後、谷川さんはこの講演の中で詩を書く一番もとになる心的なエネルギーについて興味深い話を始める。

【特集】谷川俊太郎さん「詩の持つ力」(2)に続く

谷川俊太郎展=2018年1月、東京都新宿区
都内で講演する詩人の谷川俊太郎さん=2018年1月12日、東京都千代田区

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