【この人にこのテーマ】〈鉄鋼業のAI活用〉《新日鉄住金ソリューションズ・馬場俊光氏(AI研究開発センター長)》操業データ解析で精緻な鉄づくり 現場作業員の安全見守り、設備保全の高度化も

 様々な産業分野で活用が進み始めた人工知能(AI)。日本鉄鋼業でも競争力強化に役立てようと導入の機運が高まっている。鉄鋼業にとってAIはどのような可能性を秘めるのか。鉄鋼業における過去のAI活用の取り組みと合わせて、新日鉄住金のシステム子会社、新日鉄住金ソリューションズの馬場俊光AI研究開発センター長に聞いた。(石川 勇吉)

――AIが誕生したのは1950年代とされます。日本鉄鋼業ではこれまでどのように活用されてきたのでしょうか。

 「AIという技術は、1950年に英国のアラン・チューリング氏が『機械は知性を持つ』と指摘し、その6年後に米国のジョン・マッカーシー氏が「Artificial Intelligence」という単語を用いたのが始まりだ。50~60年代と80~90年代に世界的なAIブームが起こり、現在はそれに続く第3次AIブームと言われている。日本鉄鋼業では80~90年代の第2次AIブームのときに高炉メーカーなどが相次ぎAIを導入した。当時は不況期だったこともあり、主に合理化による製鉄所の競争力強化策の一環としてAI導入が進められた。当時、世界的なAIブームの火付け役になったのが『エキスパートシステム』。大量の知識を蓄え、あたかもAIが専門家のように振舞うシステムで、高炉各社もこぞって導入した」

新日鉄住金ソリューションズ・馬場氏

――エキスパートシステムは製鉄所にどんな変化をもたらしたのでしょうか。

 「91年3月22日付の鉄鋼新聞が取り上げている新日鉄(現新日鉄住金)の大分製鉄所の高炉のケースで説明すると、エキスパートシステムの導入により、高炉の熟練工である『宿老』の判断を、ある程度の範囲までだが、コンピュータで行うことが可能になった。単純化して言うと、高炉の運転員がボタンを押すと、AIが高炉の安定操業を行うための適切なアドバイスを出してくれる。このアドバイスをもとに運転員が判断を行い、高炉の操業を調整する。長年の経験などに基づく熟練工の技能をAIに生かし、世代交代が進むなかでも従来と変わらない高炉操業を維持するための仕組みを目指した」

 「当時のシステム構築の作業では、システム担当者が現場のベテランのもとに足を運び、どんな判断で工場を運転しているのかといった様々な知識を聴き取った。それを一つずつルールとして定義しコンピュータに記憶させた。大分の高炉のエキスパートシステムは数千のルールで構成し、当時としては高度だった3層のニューラル・ネットワークも備えていた」

――現在は第3次AIブームを迎えています。これまでのAIと技術的に何が違うのですか。

 「AIの要素技術としてディープ・ラーニング(深層学習)が実用段階に入ったことが大きい。ディープ・ラーニングは機械が自ら学んでいく『機械学習』という技術の一種。普通のコンピュータは人間が書き上げたプログラムに従って動作する。これに対し機械学習では、どんなデータに注目すべきかを示す『特徴量』を定義することなどにより、あとはコンピュータが入力されたデータの『特徴量』をもとにしてデータを認識・分類するモデルを勝手に作り上げていく。このモデルの精度を高めるためには、大量の『教師データ』を入力すればいい。結果として人間の質問に対して最適な答えを提示するモデルができあがる」

 「ディープ・ラーニングの大きな特徴は、従来の機械学習よりも、人間の質問に対して正しい答えを提示する精度が高いことだ。入力に対して出力を行うための中間層を多層化し、より複雑な認識や分類ができるようになった。層を重ねるため、深層学習、つまりディープ・ラーニングと呼ばれている。発想としては以前からあったが、ここ数年で実現した背景には高速計算が可能なハードの登場とアルゴリズム(計算方法)の進歩、そして大量の画像や音声データを容易かつ安価に収集・記録できる環境が整ったことがある」

製造現場とシステム部門、密接な連携がカギ/データサイエンティストの確保・育成に課題

 「コンピュータはAIの活用でどんどん賢くなっており、成長の勢いも加速している。車の自動運転は好例だ。画像をみて、これは人、これは標識、というように認識し、推論して危ないから止まろう、ということができるようになってきた。未来は我々が思っている以上に速く変わってしまうのかもしれない」

――鉄鋼業ではどんな活用法が考えられますか。

 「操業データの分析に応用すれば、鉄鋼製品のより精緻な造り込みが可能になり、歩留り向上などにつながる可能性がある。また、製造現場の安全や品質管理、設備保全、技能伝承などを高度化する新しいツールにもなりうる。日本鉄鋼業の競争力の源泉は現場力にある。鉄づくりの現場で働く一人ひとりがこれまで以上に力を発揮することに資するようAIを活用すべきだ。鉄鋼生産の高度化の結果として、働き方や業務が変わる可能性もあるだろう」

作業員の動き、AI分析

――コークス炉建設の現場でもAIが使われているそうですね。

 「ディープ・ラーニングを用いたものではないが、国内製鉄所のコークス炉建設でレンガ積みの作業効率を改善するためにAIを用いた作業分析を行った事例がある。レンガ積みを行う作業員の協力によりヘルメットに小型センサーをつけてもらい、作業員の動作を三次元かつリアルタイムに計測。収集した膨大なデータをAIに自動分析させた。その結果、作業グループごとの作業効率の違いが見えるようになり、改善のきっかけが見つかった。従来からの作業効率の改善手法である『インダストリアル・エンジニアリング』を高度化することにつながりる取り組みだろう」

――現場作業員の安全を見守るシステムにAIを活用する動きもあります。

 「スマートデバイスのセンサーから集めた現場作業員の3次元位置情報や心拍数をAIが解析し、作業中の異常などをいち早く検知することで事故やトラブルを未然に防ぎやすくする。例えば作業員がその場を動かない状態が長くなるとAIが『停止している時間が長くなりました』といった警告を遠隔地の関係者に向けて発信する。AIは安全・安心な作業環境にも役立つと期待している」

――製造現場へのAI導入に向けた課題についてはどうみていますか。

 「これからのAI時代は、製造現場のデータをどれだけ活用できるかが競争力を左右する。そのため、製造部門とシステム部門がこれまで以上に密接に連携を図ることが重要だ。高炉メーカーの場合、一昔前は各社とも自社内にシステム部門を抱えていたが、現在は社内ではなく子会社として分社している。企業間の垣根を越えて連携を深めることがカギだろう。データサイエンティストの育成・確保も急務だ」

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