【ルポ】シリア北部、緊張感漂う前線 クルド一掃狙うトルコ 米と対立、混迷深まる内戦

1月26日、シリア北部アザーズ郊外の前線で、トルコ軍に協力し警戒に当たるシリア反体制派の兵士(共同)

 

 重苦しい砲撃音や銃声が丘陵地に鳴り響いた。素早く身をかがめる兵士。タイヤに被弾した装甲車が引き返してきた―。トルコ軍が敵視するクルド人勢力の一掃を狙い、シリア北部アフリン周辺で行う越境作戦。記者がトルコ軍に同行して1月下旬に入ったシリア北部アザーズ郊外の前線では、軍兵士らが「スナイパーが狙っている」と緊張感を漂わせていた。

 トルコ軍が1月20日に作戦開始後、シリア北部に入った日本メディアは初めて。過激派組織「イスラム国」(IS)対策でクルド人勢力を支援してきた米国とトルコの対立はさらに激化。ロシアの動向もからみ、長期化するシリア内戦はISがほぼ壊滅した後も混迷を深めている。

▽「自衛措置」

 アフリンは、内戦に乗じてシリア北部で一大勢力圏を築き上げたクルド人勢力「民主連合党」(PYD)が2012年以降、支配する飛び地だ。PYDの民兵組織は米軍の支援を受け、ISが首都と称したシリア北部ラッカの奪還作戦で主力を担い、存在感を高めた。

 一方、トルコはPYDを自国の非合法武装組織、クルド労働者党(PKK)傘下のテロ組織だと見なして敵視。「自衛措置」として自国国境に近いアフリンに侵攻し空爆も連日実施、双方の兵士や住民らに多数の死傷者が出ている。

 「テロリスト(PYD)が国境のシリア側で国家を立ち上げようとしたため、トルコは介入した」。前線を視察したトルコ政府幹部が主張した。米国などは作戦に懸念を示すが、幹部は「いつか理解される。トルコはテロリストがこの地域からいなくなるまで作戦を続ける」と言い切る。

 トルコ軍に協力し、前線で警戒に当たっていたシリア反体制派「自由シリア軍」の兵士アリ・ヤーシンさんも「PYDはテロ集団。強力な部隊だが、必ず追い出す」と力説する。

 前線で取材中、銃声が何度も鳴り響いた後、すぐ先で警戒に当たっていた装甲車が戻って来た。前輪タイヤがつぶれている。「スナイパーの弾が当たった」。兵士らが表情をこわばらせる。

1月26日、シリア北部アザーズ郊外で、トルコ軍に協力し警戒に当たるシリア反体制派の兵士ら(共同)

▽憎しみ

 戦闘が激化する中、双方の兵士や住民らは互いに憎しみを募らせる一方だ。アフリンに暮らすクルド人女性ソラファさんは、インターネット電話を通じた取材に「空爆のため状況は日に日に悪化し、多くの遺体を目撃した。空爆は無差別で女性や子どもも被害に遭っている」と証言。「差別されてきたクルド人に新たな苦難が加わった。未来は見えない」と嘆く。

 アフリンの地元記者ロウジャさん(20)は「被害者の多くは住民だ。トルコの侵攻に対し、住民らは勝利が来るまで戦う」と強調。市民活動家イドリス・ハナンさん(45)も「トルコの介入で内戦はさらに複雑になった。侵攻は正当化できない。国際社会はなぜ黙ったままなのか」と不満を漏らす。

 アフリンは内戦開始後、比較的落ち着いてきたため、シリア国内の激戦地を逃れた避難民が多数集結。トルコの新作戦により、難民の増加や人道危機も懸念されている。

 作戦開始後、トルコ側への報復とみられる砲撃も続く。シリア国境に近いトルコ南部キリスで難民生活を送るシリア北部アレッポ郊外出身のウサマさん(24)は1月24日、キリスのモスク(イスラム教礼拝所)への砲撃で兄(27)を失った。当時、一緒に礼拝中で自身は助かったが、トルコ軍の作戦に「今、言えることはない」と悲痛な表情を浮かべる。 

▽IS後の権益争い

 作戦開始後、トルコ政府は強硬姿勢を続けており、アフリン東方約100キロのPYD支配下の町マンビジュも攻撃する構えも見せる。マンビジュには米軍が小規模で駐留しており、実際に作戦が始まれば、同盟国であるトルコと米国が「直接衝突」に陥る危険もある。

 ロシアはトルコの作戦に「懸念」を表明したが事実上、黙認状態だ。両国軍トップは作戦開始直前にモスクワで会談。作戦に合わせ、ロシアはアフリン駐留部隊を撤退したとされる。トルコの空爆にもロシアの了解があるとの見方が大勢だ。

 シリア内戦でアサド政権や反体制派、クルド人勢力の「共通の敵」だったISは昨年、組織として崩壊し、各勢力や関係国は新たな権益争いに入った。トルコはPYDを抑えるため、内戦で勝勢のアサド政権の後ろ盾であるロシアやイランに接近。米軍はイランやロシアへの警戒からPYD支配下のシリア北東部駐留を続ける方針を示す。

 和平協議を進めようと、ロシアとトルコ、イランが合意して1月末にロシア南部ソチで開かれた「シリア国民対話会議」では、新憲法の起草を担う委員会の立ち上げで合意。ただ、反体制派の主要勢力はロシア主導の会議に反発して欠席し、トルコの作戦を非難するPYDも代表団を送らなかった。一層の複雑化が進む内戦の終わりは見えない。(アザーズ共同=吉田昌樹) 

 

 

 

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