昔はよかった話 ~移籍市場の過去、現在、そして未来~

大型移籍が相次いだ、冬のマーケット。移籍市場はインフレーションが続いている。その原因はどこにあるのか。そして、今後、移籍市場はどのように変化していくのだろうか。

「今どきの若者は」

人というものは、歳を重ねると、自分よりも若い人間を憂う動物のようだ。紀元前4世紀ごろ、ギリシャに生きた、プラトンも同じようなことを言っている。

これに続くのは、決まって「昔はよかった」話。

活気があったとか、人が親切だったとか、記憶というものは、美しく塗り替えられるものなのだろう。

フットボール界だって例外ではない。

近年の移籍市場のインフレーションに、ロマーリオはいくらだったとか、マラドーナはいくらだったとか、無意味な比較をして、昔を懐かしんでいる。

いくら昔がよくても、江戸は物価が安かったね、では困る。

同じように、マラドーナもお手頃だった、と言ったってしょうがない。現在のインフレを考えれば、言いたくなる気持ちも、わからないでもないが。

原因は放映権料と代理人

「今どきの」移籍金は、なぜ高騰したのか。

ひとつには、各クラブの収入が増加したことがある。その収入の大半を占めるのが、放映権料だ。

欧州の5大リーグ(プレミアリーグ、ラ・リーガ、ブンデスリーガ、セリエA、リーグ・アン)は、それぞれが放映権を独自に販売している。契約期間は、大体3シーズンほど。その詳細は、以下の記事に譲るとして、ここでは触れない。

フットボールマネーー各リーグの放映権分配システムー

年々増加する放映権料。収入が増えたことで、選手を獲得するために使える資金も増えた。移籍市場は、「競り」のようなものだから、それにしたがい、雪だるま式に選手の価格も高騰した。

売値が、売ったクラブにそのまま入ってくれば、それなりに収入も増えるので、「昔はよかった」話は、出てこないかもしれないのだが、そうは問屋が卸さない。

実際は問屋ではなく、代理人なので、「そうは代理人が卸さない」とでも言おうか。

昨今のフットボール界で、その影響力を強める代理人。

選手の代理としてクラブと交渉し、移籍をまとめるのが彼らの仕事だ。そして、その移籍金の何パーセントかを受け取る。

本来であれば、代理人は選手にとっても、クラブにとっても有益なはず。

なぜなら、選手は自分の代わりに、移籍をその道の専門家に任せることができるし、クラブは、複数人の選手と契約する代理人であれば、多くの情報を得られるからだ。

しかし、現実はそう単純にはいかない。

ミーノ・ライオラや、ジョルジュ・メンデスなどの、大物代理人は、多くの大物選手を顧客に持つことで、フットボール界での影響力を強め、今では、ほかの代理人とも協力関係を築いて、利益を搾取している。

いたずらに代理人を貶めるつもりはないが、フットボール界を悩ませる問題のひとつであることに間違いない。サー・アレックス・ファーガソンやアーセン・ヴェンゲルなどは、公に代理人ビジネスについて苦言を呈している。

しかし、彼らの栄華もそう長くは続かないかもしれない。

テクノロジーを移籍市場にも

近い将来、移籍市場にもテクノロジーが導入されるのではないか。

代理人とは、言ってみれば、仲介人だ。クラブと選手が直接取引できる環境が整えば、彼らは必要なくなる。

「マネーボール」以降、スポーツ界では、選手の能力をデータ解析して視覚化する傾向が強まっている。現在でも、選手を獲得するためのひとつの材料として、活用されているだろう。今後、対象となる領域は広がり、精度も上がるはずだ。あとは、その情報を有効利用できる「場」があればいい。

極端に言えば、移籍市場が「マッチングサイト」化することも考えられる。

選手の情報とクラブの情報を、どちらからも閲覧でき、マッチすれば直接やり取りできるようにするのだ。

このポイントは、選手側の意向と、クラブ側の意向が反映されやすい、ということ。

もちろん「モテる」選手は競合することになるだろうが、テクノロジーの発達が、金額面だけに左右されることなく、よりロジカルな判断を下せる環境を提供するだろう。

選手は試合に出たいし、自分に合ったクラブや監督の下でプレーしたいものだ。

テクノロジーを導入することで、監督が志向するスタイルをデータ化し、そのスタイルを体現できる選手を、リストアップできるようになるはずだ。

これは、選手にとっても、監督にとってもポジティブなこと。つまりクラブにとってもポジティブなことだ。幸せになる人が多いので、実現は早いはずである。

この冬は、かつてないほどの金額が動いた。放映権料収入の恩恵にあずかった、ラ・リーガの中堅以下のクラブも、活発な動きを見せたことも影響しただろう。ワールドカップイヤーだったこともある。

多くの大物選手の移籍劇は、まるで複数のロールスロイスが、玉突き事故を起こしているようだった。

もうしばらくは、この状態が続くだろうが、盛者必衰だ。

「今どきの移籍市場は」「昔はよかった」と、元代理人たちが口にする日も、そう遠くないかもしれない。

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