挑戦12年目。TOYOTA GAZOO Racingのニュル24時間挑戦の意義と2018年の戦い

 1月12日、東京オートサロンで2018年のニュルブルクリンク24時間レース挑戦を発表したTOYOTA GAZOO Racing。世界一過酷と言われるニュルでの戦いは今年で12年目となるが、その開発テストが1月24〜25日の2日間、富士スピードウェイで行われた。5月の実戦に向け、そのオリジナリティあふれるアプローチが始まっている。

「もっといいクルマを作る」。「クルマを鍛える」。

 トヨタ自動車の豊田章男社長が常に口にするこの言葉は、豊田社長自らがドライバー”モリゾウ”として、2007年にスタートさせたニュルブルクリンク24時間への挑戦のなかで生まれてきた言葉だ。ただ、純粋にモータースポーツとして見た場合、このプロジェクトで参戦する車両の目標は、順位ではなく、あくまで”完走”。完成されたGT3カーで激しい総合優勝争いを繰り広げているドイツメーカーとは異なるアプローチだ。ただ、今回テストを取材させてもらうと、ニュルブルクリンク24時間の舞台、そのアプローチでなければならない理由が垣間見えてきた。

■”ただのレーシングカー”ではないLC

 ニュルブルクリンク24時間は、ニュルブルクリンク北コースとグランプリコースを組み合わせた、1周25km以上の過酷なコースで24時間争う。荒れた路面、高い縁石、ブラインドコーナーと悪条件が揃い、自動車メーカーは多くがここで市販車のテストを行う。

 TOYOTA GAZOO Racingは、このレースに2007年から中古のアルテッツァで出場し、その後発売前のLFAや86、C-HRなどさまざまな車種を投入。社員ドライバーとプロドライバーたちが駆ってきた。2017年は、レクサスLCを投入し、土屋武士/松井孝允/蒲生尚弥/中山雄一という4人がドライブする。

 そんなTGRのレクサスLCは、5月の本番に向け、現在国内で開発が進められている。すでに6回のテストをこなしており、この日も土屋、松井を中心に、トヨタの市販車開発ドライバーも複数名が乗車した。

 ただし、そのピットの光景はふだんのレーシングチームのものとは大きく異なる。車両をメンテナンスするのは、トヨタ自動車の社員メカニックであり、社員エンジニアとパーツサプライヤーのスタッフが常に待機し、ドライバーからのリクエストを細かくメモする。今回ニュルに挑むレクサスLCは、将来のトヨタ/レクサスの市販車に活かされるパーツがふんだんに盛り込まれた実験的なクルマなのだ。ここで鍛えられたものがどんどん改良され、将来の市販車に活かされる……というわけだ。

 実際、ドライバーのリーダーを務める土屋は「このLCは、ボディが市販車のもので、市販車にフィードバックするべきものしかついていない。レースに出るための必要最低限の安全装備はつけていますが、基本的には未来のトヨタのクルマに繋がるもの以外のものはついていないです」という。LC自体はすでに完成され、市販もされているクルマだが、このニュルに挑むLCは、当初まともに走らないくらいだったという。それほどチャレンジングなことをしているのだろう。

■ひとりひとりが自分を磨くために

 スーパーGTでは自らつちやエンジニアリングのエンジニア兼メカニック兼監督としてレーシングカーを作っている土屋だが、ニュルへの挑戦は2回目。「初めて出たとき(2016年)は、ムチャクチャ怖かった。『えらいところに来ちゃったな』と。しかも今はドライバーを一度辞めていたのに、また行かなきゃいけない(苦笑)」と笑う。しかし、TGRからその開発力を買われて、今回リーダーとしてプロジェクトに携わっている。

「今回のプロジェクトは、自分がこの計画に”引き寄せられてる”といった方がいいかもしれない。リーダーというよりも、自分が好きなことを好き勝手にやっているのが役に立つと思っている」と土屋。

「”技術屋”としては非常に面白い。『市販車のもの』という制約がありますが、ニュルブルクリンクというのはもともと市販車のための場所だし、世界中の自動車メーカーがニュルブルクリンクでクルマを鍛えている」

「みんなでひとつの目標に向かってやっているけど、いちばんの目的は『ひとりひとりが自分を磨くことじゃないか』と思っています。自分自身もこの環境で成長したいし、それをすることでクルマも良くなっていくと思うし。やればやるほどクルマは良くなっていくし、自分がその楽しい領域を知っていると思うので」

 土屋によれば、すでにトヨタ社員のメカニックやエンジニアたちも「十分トップのレーシングチームでやれる人材が揃っていると思います」とのこと。そして、彼らに共通するのが「ここには本当に『いいものを作りたい、自分を磨きたい』という情熱が詰まっているということだ。これはつちやエンジニアリングと相通じるものがあるのだという。

「この空気感がすごく心地いいですね。変なしがらみもないし、ただ純粋にやればいい。やれるうちは思いきり楽しみたいと思っています」

■ニュルでの戦いはドライバーも鍛える

 経験を積む……という意味では、メカニックやエンジニアたちと同様に、ドライバーも同じだ。以前、ある名ドライバーが「自動車メーカーとやる開発は最高に楽しいし、すごい経験になる」と語っていたことがある。これと同じことを言うのは松井だ。

「今回のLCは市販車ベースということもあって、今後の市販車に活かせる部分がたくさんある。開発の1年目ではありますが、まだまだやれることがたくさんあります。開発に携わることができるのは、僕たちドライバーとしてもすごく経験値になりますし、僕たちの思った印象を率直に伝えられる環境は、TGRならではだと思っています」と松井は語ってくれた。

「レーシングチームだったら気にしなければならない部分も多いですが、ここはなんでも言える環境です。逆に、レースでの”セットアップ”ではなく”開発”なので、僕たちが言わなければならない。でもその仕事がすごく楽しいです」

 開発、そしてニュルブルクリンクという過酷な環境で走ることは、実際ドライバーにとっても大きな経験となるだろう。今回、「ニュルブルクリンクを走ったこともなければ、ドイツに行くのも24時間レースも初めてです(笑)」というのは中山雄一。

「緊張するところもありますけど、テレビで観ていたあの場所に踏み込むことができるので、すごく興奮していますし、グランツーリスモやシミュレーターでやったことがあるので、シミュレーターでもあれほど興奮するコースを実際走ることがすごく楽しみです」

 また、中山は「武士さんは僕のFTRSの先生ですし、スーパーGTではライバルですが、今まで多くの経験をしてきていて、ドライバーからエンジニア、チーム経営者にもなっている人。すごく得ることが多いと思います」と土屋をリーダーとする体制も楽しみにしているようだ。松井もこの点については「今回組むのはスーパーGT以来。率直に言って、やりやすいです」と語っている。

■TGRのニュルブルクリンク挑戦の意義

 そんな彼らの挑戦だが、LCは「だいぶ良くなってきた」という。クラスはSP-PROというクラスとなるが、当然クラス優勝を視野には入れるものの、やはり目標は完走だろう。「LCにとって1年目ですし、しっかりとデータを取って次に繋げなければならない。僕たちがクルマを止めてしまったら、それも止めてしまう。そのためにも、しっかり完走しなければ」と松井は言う。

 開発テストなら、ニュルブルクリンクを1日借り切ってやればいいのではないか……? そう思う人も多いだろう。しかし、こうしてプロドライバーが乗り込み、何が起きるか分からない24時間レースに挑み、ふだんレースで過酷な経験をしていないメカニックや関係するサプライヤー、そしてドライバーが、得がたい経験を得て、クルマもとことんいじめ抜く。これがTGRのニュルブルクリンク挑戦の意義だ。そして、豊田社長が自らプロジェクトを始めた意義でもあるのだろう。

 筆者個人としては、難攻不落のニュルブルクリンクで総合優勝を果たしてこそ、世界一の自動車メーカーだろう……と以前は考える頃もあったのだが、12年間続くGAZOO RACINGの挑戦は、それとはまったく意義が異なることを改めて理解させてもらったし、ニュルブルクリンクはそうしたさまざまなアプローチをすべて迎え入れる偉大なコースだったのを思い出した。

 順位を競うだけのモータースポーツとは、また違った戦いが今年も近づいている。実戦まではあと4ヶ月近く。ぜひテレビやネットで観戦する人たちは、近い将来の「もっといいクルマ」に繋がる戦いを見届けて欲しい。

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