【下谷金属の経営戦略】〈高氏秀子社長に聞く〉ワイヤロープ販売軸に業容拡大 「顧客第一主義」で拠点・商品群整備

 下谷金属(本社・東京都台東区、社長・高氏秀子氏)は、1941年(昭16)に東京・下谷(現在の上野)に高氏社長の父、故茂二氏が個人経営で鉄鋼二次製品の販売業を開始して以来、ワイヤロープを中心に業容を拡大してきた。昨年春から陣頭指揮を執る高氏社長にこれまでの足跡や今後の展開などを聞いた。(中野 裕介)

――創業から一貫して台東区下谷に本社を構え、2018年の今年は人間で言えば「喜寿」に当たる77周年の節目を迎えた。

下谷金属・高氏社長

 「物心ついた時から『家業はワイヤロープ屋』という認識で育ってきた。下谷金属では長らく社内が主体の業務に携わり、関係会社を含めて広くグループの事業活動を見渡してきたが、職住一体の父からは日々商売のイロハを教わった。とりわけ私自身が見て、肌で感じてきたものの大半は広く社内に浸透していると感じる場面が多い。時代の変化をいち早く捉え、事業領域を広げていく中にあっても創業者が常々よりどころとした企業精神は着実に受け継がれていると思っている」

――具体的には。

 「現在本社の他に札幌と仙台、大阪に営業所、千葉の松戸に商品センター、柏に加工センターを設けているが、いずれも創業者が最も大切にしてきた『顧客第一主義』の考えに基づき、いかに『信頼と満足』をお客さまにお届けするかに知恵を絞る中で生まれた拠点ばかりだ。例を挙げると1970年(昭45)千葉・新港に設立した東日本ワイヤロープセンターは、93年(平5)から稼働する業界最大の商品センターの源流であり、グループ会社のシタヤ技工(当時)に98年(平10)建設した柏の加工センターは文字通りワイヤロープの加工事業の中核を担っている」

 「顧客ニーズともなれば、新しいものを積極的に取り入れていくのも下谷金属を象徴する特長の一つ。比較的早い時期からワイヤロープ以外の商品も幅広く品ぞろえしてきた経緯があり、今日となっては社是である『健全経営』を支える一端を担っている。54年(昭29)ごろから中国との貿易が始まり、63年(昭38)には日中友好商社に指定されるなど中国を起点に周辺地域を含めた海外との取引が拡大してきた流れも、他に先駆けて何かを始めることに柔軟な姿勢の表れだろう」

――一つ一つの取り組みが、今日の経営基盤の構築につながっている。

 「ワイヤロープは需要分野のすそ野が広く、われわれは『産業の命綱』に携わることへの強い使命感をもって商売に臨んでいる。少子高齢化がワイヤロープ市場に与える影響は小さくないが、社会資本整備や都市インフラの補修・保全に対応した潜在需要は相応にあるだろう。他の商品の売上げが伸びる昨今にあっても、下谷金属にとってワイヤロープは全商品の中でこれまでもこれからも最大の売上比率であり、『最後の一本はうちが売ろう』という人一倍強いワイヤロープに対する執着心が会社の原動力になっている」

――社員一人一人の意識に委ねられる部分が大きい。

 「下谷金属をはじめとする下谷グループは全体で100人規模の所帯だが、組織として一致団結して前に進んでいけるよう常日ごろから仲間意識や愛社精神をもてる家族的な雰囲気を大事にしている。生前の父からは『どう思う?』と意見を求められ、自分なりの答えを用意する機会に恵まれたように、互いの考えを言い合える風通しのいい風土づくりがさらにその雰囲気を高めてくれるだろう」

 「もっとも一人一人がそれぞれの役割を果たしてくれるからこそ会社が機能しており、『顧客第一主義』を前線で支えてくれる現場の担当者に対する気遣いや心配りは欠かせない。ワイヤロープに関わるすべての人を通じて、将来にわたってグループが発展する上で必要な競争力を醸成していきたい」

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