無理しなくてもいいかな 会社辞め実家手伝う  U30のコンパス20部「仕事を離れて」(2)

公園で趣味のギターを弾く加藤哲郎=愛知県西部、2017年6月4日

 

 

 関西の私大を卒業後、マスメディアの研究者を目指して5年前に東京の大学院に進んだ。が、思ったような成果が出せなかった。将来が見えず、自信を無くした。それでも通信関係の大手企業から内定をもらい、一生懸命働こうと思った。 定職に就く友人たちを見ると、焦りがある。今が続くことに不安もある。でも「無理しなくてもいいかな」。愛知県西部に住む加藤哲郎(かとう・てつろう)(29)=仮名=は少しうつむきながらも、はっきり口にした。

 ただ、具体的な目標があったわけではなかった。同じ会社に先に入った友人から話を聞き、忙しすぎず、余暇を楽しめると思っていた。

公園を歩く加藤哲郎=愛知県西部

 しかし3カ月後の新人研修で、店頭の商品を売り、新規契約を取らされた。1日9時間以上の立ち仕事は想像以上にこたえ、ノルマは心を締め付けた。企業体質にも嫌気がさした。「お客さま目線をうたっているけど、結局数字じゃないか」

 入社した時に感じた「十分な就活ができなかったのに拾ってもらえた。長く働きたい」という気持ちはしぼんだ。

 会社は7カ月で辞めた。翌年、大学院の研究を通じて興味のあった新聞記者を目指し、採用試験を受けたが全滅。目標を見失った。

 そして実家に戻った。今は親の自動車整備会社を手伝う。車を車検場に運ぶ仕事。朝9時半ごろ出社し午後5時には帰宅。毎日出るわけでもない。何もない日はほとんど家にいる。本を読み、趣味のギターを弾く。ジムで体を動かすこともある。

 時間に縛られない解放感は、徐々に不安と焦りに変わった。退職後1年半を過ぎ、両親や親戚に小言を言われるようになった。胸に刺さる。辞めた後悔もある。でも、時間は自由に使え、楽しさもある。今の方が心に余裕がある気がする。

 「(定職に就いて)働くなら、やりがいが大事」だ。ヨーロッパへの留学経験があり、語学力を生かしたい。何より、もう、なんとなく仕事に就きたくない。

 最近は、アジアにバックパック旅行をしたくなった。費用を稼ぐため期間工になることも考えている。

 毎日が、灰色。明るくも暗くもない。「甘いと思うけど、家業を継ぐっていう逃げ道がある」。毎日働く人のことは心から尊敬している。でも「連休なんてほとんどない友人も多い。それで本当にいいのかな。定職に就き、結婚して子育てしてっていう当たり前にはとらわれたくない」。(敬称略、共同=間庭智仁29歳)

 

 

▽取材を終えて

 「俺たちの闘いはこれからだ、って〆る記事ばかり。ワンパターン」。2013年に入社してから、しばしば取材先から耳にした。「未来が輝いていたり、逆にまったく見えなかったりってわけじゃないけど、毎日悪くはないっていう自分からしたら、新聞やテレビに出てくる人には現実感がない」と友人に言われたこともあった。何も特別じゃない、等身大のもやもやと葛藤を扱ってみようと思っていた。

 留学経験のある加藤さんには、語学力がある。マスメディアの研究の過程で、心理学や統計学も身に着けた。大手企業に内定できるコミュニケーション力もある。でも、月の稼ぎは7万円くらい。「ほぼニート」と自嘲する。

 定職に就かない日々は、信念とプライドと怠惰がないまぜになっているように思えた。ただ、毎日は真っ暗じゃない。灰色だという。常識にとらわれたくないという彼。ろくな休みもなく働くのは、何のためか。ふと、考えると自分にも大した答えがないことに気付いた。

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