ピン芸人日本一を決める『R-1ぐらんぷり』では、09年と12年の2度にわたって決勝戦に進出。腕はあるのに、ネタ番組に恵まれていないのが現状だ。しかし彼、サイクロンZのネタは進化していた。そして、隠れイケメンでもあった。今までは語れることがなかったオトコの部分に、ふれてみよう。(interview 伊藤雅奈子)
――“イケメン芸人”に話を聞こうというのが、今回の趣旨でして……。
「複雑な心境です(苦笑)。人により、なんですよ。『ブス!』って言う人もいますし、どっちつかずの顔。すごく言われるのは『渋谷にいたよね?』とか、『昨日、青山で何してたの?』とかで、似た顔の人が多いみたいで、間違えられやすいです。特徴がないので、『クラスに1人いた』とか、『同級生に似てる』とかも」
――韓流スターっぽいですよね。
「たしかに、マジックのイベントで韓国に行ったとき、地下鉄で地元のおばちゃんに聞かれて、日本語で対応したら、『まぎらわしいわっ、おまえ!』って、キレられました(笑)。韓国の方だと思われたみたい」
――わかる気がします。さて、これまでモテてきましたか?
「モテたっていうのはないんですけど、ある一部の人からずっと好意を持たれていたっていうのは、ありました。中学生のとき、7回告白されたんです、1人から。執着的な人で、ぜんぜんタイプじゃなかったですね。性格も苦手だった」
――どんな女性だったんですか?
「そのころから僕はもう、コメディアンを目指してたんですけど、それを超えようとしてくるんですよ。おもしろさで張りあって、付きあおうとする、とんでもなく苦手なパターン(笑)」
――その後、モテ期はやって来ましたか?
「24歳ぐらいのとき、立て続けに付きあったことがありましたね。そこが、人生のピーク(笑)。自分も積極的だったんでね。高校生のとき、初めて彼女ができて、7年間付きあったんですね。僕が北海道から東京に出てきてからも、遠距離恋愛をしてて。結婚する感覚でいたんで、別れてから崩壊がありまして……。女の人がわからないという。で、調子に乗った時期が24歳。“今だっ!”みたいな。そこからどんどん、しぼんでいきました。普通、ほんっとに普通な感じ。芸人になってからも、バレンタインでチョコをもらったのは7個だけだし。それも、ファンも彼女もあわせて」
――現在40歳のサイクロンさんから見て、“イイ男”の条件って何だと思いますか?
「取り乱さない人じゃないですか。僕は、溜めこんでバ~ンッと噴火しちゃうタイプなんで。年を取るごとに、この人の前でキレちゃダメだっていう判断力は出てきたんですが。アルコ&ピースの平子(祐希)くんは、男の僕から見ても魅力がありますよね。声の太さ、どっしりしたコメント、冷静な判断力。だから、(この取材が)なんで僕だったのかなって(笑)」
――では最後に近況として、現在はどんなネタをやっているのかを教えてください。
「マジックを取り入れたコントを追求していて、作り続けてるんですけど、驚かせて笑わせるという人の感情のコントロールって、なかなかむずかしくて。人は驚いたとき、笑う体勢を取れないんですね。ナポレオンズさんやマギー司郎さんは、タネがわからないマジックをずっとやって、最後にドンとわかるというコメディマジックなんですけど、僕が目指しているのは、マジックの現象がちゃんとあって、設定のあるコント。なぜかっていうと、世界のマジックイベントショーに出たいと思ってて、そのためにはマジックができないとダメなんですね」
――マジック+コントで、世界を視野に入れているんですね。
「マジックの現象があってのお笑い芸人、ですね。メキシコで1度やらせていただいたことがあるんですけど、2015年の11月ぐらいですかね。日本人のステージアクトとしてゲストで呼んでもらって、スペイン語でやったんですけど、スタンディングオーベーションになりました。台湾でもコンテストに出て、“R-1”でやった、マジックをことごとく失敗するネタを2分間でやったんですけど、そのときも拍手をいただいて。今度も、いろんな国からマジックのコンベンションとして呼んでもらえるようになるのが夢ですね。東京オリンピックも近いので、来日した外国の方に向けてやれればという野望があります」
*動画 ノープランマジックショー