【懐景】京急120年…ルーツの大師線、7年前の風景

1898(明治31)年、大師電氣鐡道が開業して120年―――。

創立120周年をむかえる京急電鉄。そのルーツである大師線は、もともと川崎大師への参詣鉄道として出発した。

京急川崎を発った大師線電車は、多摩川の右岸に沿うように海へと向かう。途中、右手に川崎競馬場、左手に味の素工場を見て、川崎大師駅。

産業道路駅の左に、見事なループを描く首都高 大師ランプ。物流トラックが往来する都道6号 産業道路を平面交差すると、終点の小島新田駅。

最高速度60km/hの4両編成が4.5kmをコツンコツンと行く。

揺れる地下化工事

この大師線、連続立体交差事業で全区間を地下化する計画だった。

20年以上、地下化工事が続いていたこの線路に、一部区間で中止の話が出てきた。

「費用対効果や取り巻く社会経済状況の変化などを総合的に鑑みて、現在、京急川崎駅から川崎大師駅までの2期区間については「中止」、川崎大師駅から小島新田駅までの1期区間については「事業継続」とする対応方針を平成29年10月27日に行われた「川崎市公共事業評価審査委員会」において審議し、妥当であるとの具申をいただきました」(川崎市)

120年を経て揺れる大師線。2月25日には川崎大師駅で報道向け出発式・試乗会があるから、大手メディアがとらえたドキュメント、沿線風景に注目してみて。

地下へ沈む小島新田、サウダージ

川崎大師までは地上、大師から終点 小島新田までは地下。

そんな近未来を思い描きながら沿線を歩くと、海側へ行けばいくほど、サウダージな風景がいっぱい。

「こりゃ夜に歩いたら、まともに帰れないな」と思わせるスナック街。

ここでさまよって、再び川崎に帰ってもう一杯……そうなると、京浜東北線や東海道線、上野東京ライン、湘南新宿ラインの終電に、飛び乗ったとしても、帰る地とははるか遠い地に運ばれそう。

―――120年の歴史をもつ京急大師線。ちょっとやそっとじゃ帰してくれない。

© 株式会社エキスプレス