北朝鮮のミサイル問題に組織はどう立ち向かう?(上) 残された2分間を有効活用せよ!

(写真:Photo AC)

金正恩氏が北朝鮮の政権を受け継いで4年。ミサイル発射実験の回数は一気に増加し、周辺諸国や米国の緊張が高まっている。昨年8月、9月には同国のミサイル発射実験を受けて政府はJアラートを鳴らし国民に周知を図るも、その範囲の広さや警告文に各所から様々な批判も巻き起こった。北朝鮮のミサイルと核の問題に、企業はどのように考え、立ち向かわなければいけないのか。何を優先し、どこを守るのが合理的なのか。安全保障問題や危機管理対応に詳しい日本大学危機管理学部の福田充教授に話を聞いた。

福田教授の研究室による調査によると、ISIL(イスラム国)によるテロ事件や北朝鮮のミサイル問題が活発化した2016年は、日本人の「テロ」や「戦争」への不安感が増加した1年だった。しかし同年に自治体や企業が想定している危機を調査したところ、地震や台風などの自然災害を想定している組織は9割以上と非常に高かったが、テロや戦争を想定している企業・自治体はおよそ半分以下。

福田教授は「一般市民のリスク不安が高まっているのに、企業や自治体が対応できていないということが現在の日本における問題点の1つ」と警鐘を鳴らす。

古くて新しい北朝鮮ミサイル問題

北朝鮮におけるミサイル発射実験そのものは、近年に始まったものではない。核実験についても1990年代の金正日政権下でも繰り返され、ミサイル実験も行われていた。北朝鮮のスカッドミサイルは韓国を射程にして既に配備が完了しており、日本に対してもノドン1号2号が実戦配備されている。現在は火星14や15などの長距離射程ミサイルの発射実験を繰り返しているが、言うまでもなくこれは米国を射程圏内に収めるためだ。

福田教授は「金正日政権下では、核・ミサイル実験は体制保障・経済支援獲得などの『瀬戸際外交』をするための外交カードだった。それが現在の金正恩体制下では『核による体制維持』のために一日も早い核の実戦配備を目指している」とする。

すなわち外貨の獲得が目的なのではなく、北朝鮮における金正恩氏主導の体制維持そのものが目的になっているのだ。その意味で、北朝鮮のミサイル問題は「古くて新しい問題」でありながら新たな局面を迎えていると言えるだろう。

リスク対策.com主催のセミナーで講演する福田教授

米国はどうでる?北朝鮮有事のシナリオ

では、北朝鮮に有事は起こりえるのだろうか。ポイントは、金正恩氏は「核戦力の開発に成功した」という宣言をしているが「核を実戦配備した」とは言っていない点だ。トランプ大統領率いるアメリカは、北朝鮮の核装備を認めないことを前提としている。もし金正恩氏が「核兵器を実戦配備した」と宣言すれば、それを阻止することを決断せざるを得ず、それはすなわち「先制攻撃」という言葉が現実味を帯びてくる瞬間に他ならないのだ。福田氏は以下のように分析する。
 
「米国が先制攻撃をかけるのは実戦配備宣言の前になるか後になるかが重要なポイントになってくるが、私個人としては実戦配備の後だと思っている。これは宣言の前であれば米国の単独行動になってしまうが、宣言後であれば国際協調の中で軍事行動を進められるという合理的な判断だ」。

そのような状況のなか、北朝鮮は昨年10月30日のミサイル実験で1500キロメートルの飛行に成功。米国を射程圏内に捉えたと11月に発表した。一方のトランプ大統領はロシアゲート事件で側近がFBIに訴追されるなど、周りを囲まれている状況にある。大統領支持率が35%と落ち込むなか、何かをやらなければいけないという焦りも見え隠れする。その1つが「エルサレムのイスラエル首都発言」だ。もちろん様々な分析もあるが、イスラエル側のロビー活動に対する国内政治の改善が目的である反面、国際情勢が混乱するという状況が繰り返されている。このような事態が北朝鮮に向かないとは限らない。

昨年末にはトランプ氏に近しいリンゼー・グラム米上院議員が「北朝鮮への先制攻撃の可能性は、現在は3割ある。もし核実験を停止しなければ、この可能性は7割に跳ね上がるだろう」という発言をしている。「3割は非常に高い数字。1割でも高いと言わなければいけない」と福田氏は話す。

ただし、少し俯瞰して世界の情勢を見渡すと、米国が北朝鮮だけに目を向けている場合ではないことにも気づく。イラクではISIL(イスラム国)に対する軍事作戦が進行しているほか、イランでも核ミサイルの開発が着実に進んでおり、すでにイタリアやギリシャなどの一部ヨーロッパに到達する性能を持っている可能性が高いという。現在の米国に世界で2正面同時作戦を展開する能力はない。

トランプ氏の決断によって、米国先制攻撃は十分にあり得るという(写真:Flickr)

米国先制攻撃の根拠となる「ブッシュ・ドクトリン」

日本も巻き込まれる?

金正恩氏はミサイル開発について、自分たちの体制を維持するためという明確な意図があり、北朝鮮における安全保障上の問題であるとしている。そのことについてCIAをはじめ、アメリカのインテリジェンスは「合理的な判断」とみており、金正恩氏も「クレバーである」という判断で一致している。そのため、北朝鮮からの先制攻撃はないだろうというのが一般的な見方だ。可能性が高いのは米国が先制攻撃を行い、それに対して北朝鮮が報復攻撃を行うというもの。これについては前例もある。

2001年、米国同時多発テロ事件で痛手を負った時の米国大統領ジョージ・W・ブッシュ氏は、「テロリストおよび大量破壊兵器を拡散させかねない『ならず者国家』に対し、必要に応じて先制的自衛権を行使し得る」という「ブッシュ・ドクトリン(予防戦争・先制攻撃主義)」を掲げ、2003年にイラク戦争に突入した。もちろんこの新戦略思想に対して批判は多いものの、北朝鮮が核兵器実践配備を宣言すれば、米国が先制攻撃を仕掛ける理由として十分なのだ。そして間違いなく、米国が先制攻撃を仕掛ければ北朝鮮は報復活動に出るだろう。

しかし、本来であればこの戦争は北朝鮮と米国のもの。日本が巻き込まれる可能性はあるのだろうか?福田氏は「北朝鮮が報復に出るとすれば、特殊部隊によるテロ、サイバー攻撃、そしてミサイル攻撃が考えられる。その場合、アメリカを攻撃するということは、まず日本に点在する在日米軍を攻撃するという事態に発展する可能性は非常に高い」と分析する。沖縄はもちろん、在日米軍司令本部のある神奈川県横須賀市、海軍基地となる長崎県佐世保市や海兵隊を擁する山口県岩国市、空軍のある青森県三沢市なども標的となる可能性があるのだ。ミサイル問題は、やはり日本の国家安全保障問題として取り組まなければいけない、いたって現実的な問題であることが分かるだろう。

「約10分間のクライシスコミュニケーション」ミサイル発射に対するJアラートの情報伝達(資料提供:福田研究室)

ミサイル危機は時間との闘い

さて、日本の国家安全保障がどうあるべきかについてはほかに議論を譲るとして、ここでは現実的にミサイル危機に私たちはどう立ち向かわなければいけないかを考えてみよう。ミサイル危機の特徴は、災害と違って「発射の瞬間を目で見ることができない」ことだ。そのため情報の伝達はJアラート(全国瞬時警報システム)などのメディアに頼らざるを得ず、さらにミサイル発射から東京に着弾するまでは7 ~ 8分。発射からJアラートが作動するまで5分前後かかると言われており、国民がとれる対応行動は2 ~ 3分の猶予しかない。なぜ発射からJアラートが鳴るまで5分もかかるのだろうか。

「それはよく学生からも聞かれる質問だ。実はミサイルが発射した事を最初に捉えるのは、米早期警戒衛星と呼ばれる米国の軍事衛星か、もしくは自衛隊のイージス艦の情報。それがまず防衛省に伝わり、官邸の危機管理センターに連絡される。実際にJアラートを管轄するのは総務省消防庁なので、官邸から消防庁に発信され、それがJアラートとなって関連する自治体に届き、住民に周知される(上図参照)。この流れは一見もどかしいが、短縮はできない」(福田氏)。

それでは国民は2分の間に、いったい何ができるのか。次回考察していく。

(続く)

■北朝鮮のミサイル問題に組織はどう立ち向かう?(下)
ミサイルにも、地震のBCPが応用できる
http://www.risktaisaku.com/articles/-/5038

リスク対策.com 大越 聡
 

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