北朝鮮のミサイル問題に組織はどう立ち向かう?(下) ミサイルにも、地震のBCPが応用できる

※前回の稿はこちらから。
■北朝鮮のミサイル問題に組織はどう立ち向かう?(上)
残された2分間を有効活用せよ!
http://www.risktaisaku.com/articles/-/5042

Jアラート(全国瞬時警報システム)(資料提供:福田研究室)

Jアラートの伝達内容はよく知られているように、上の写真の文面だ。福田氏によると、現在はこの文面から「頑丈な」が抜けているという。これは「頑丈な建物がなかったらどうすればよいのか」という住民の意見を受けたもの。頑丈な建物が近くになければ、なんでもよいから爆風を逃れられるように建物に入ったほうが生き残る確率は高くなる。このように、危機が発生した事後において、危機から人々の生命を守るために行われる警報や避難命令などを「クライシス・コミュニケーション」と呼ぶ。しかし今年8月、9月に発表されたJアラートによるクライシス・コミュニケーションでは、様々な問題が浮き彫りになった。

リスク対策.com主催のセミナーで講演する福田教授

クライシス・コミュニケーションの問題点

地域防災計画や国民保護計画などの法的問題がこのままで良いのかという問題点はここでは置いておくとして、まず現実的に防災行政無線が整備されていない都市が多数あることが発覚した。北海道では道内で最も人口の多い都市が防災行政無線を備えていなかった。もちろん携帯電話やスマートフォンのエリアメールがであったり、ケーブルテレビであったりラジオであったり、様々なメディアを通じてマルチメディア・アプローチで国民に周知されるのだが、やはり自治体が備えるべき防災行政無線が整備されていない、もしくは不具合で鳴らなかったといった事態は、今後早急に改めていかなければいけない事項だろう。
 
もう1つの問題点は、その範囲の広さだ。8月に鳴り響いたJアラートは、茨城県などの北関東から北海道までの広範囲にまたがった。これについて福田氏は「ミサイルが発射した瞬間に、どの方向に飛ぶかを正確に把握するのは難しい。Jアラートは時間との勝負であるため、範囲を特定するよりも早さが優先されているのは現時点で仕方がない」とする。

最後の問題は、緊急時にとれる避難行動が少ないことだ。内閣官房が発表している「弾道ミサイル落下時の行動について」によると、「屋外にいる場合はできる限り頑丈な建物や地下に避難する」「建物がない場合は物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る」「屋内にいる場合は、窓から離れるか、窓のない部屋に移動する」。Jアラートが鳴った時に住民が取れる行動はこの3つしかない。これが様々なところから、「本当に意味があるのか」と非難を受けた。それに対して福田氏は「私は、意味があると考えている。外で立っていて直接熱風や爆風を浴びれば、死ぬ確率は100%。生存率がゼロであるならば、建物の中に入って例え10%であってもその確率にかけて欲しいと思う。地下に逃げ込めばさらにその確率は上がるだろう。そのための社会教育が必要だと考える。危機管理は0か100かで考えることはできない」と強調する。

実際に、第2次世界大戦ではナチスドイツによってロンドンにV-1号、V-2号ロケットが2000発以上撃ち込まれたが、ロンドン市民は地下鉄に逃げ込んで避難生活を送り、多くの命が守られたという。地下空間の爆弾に対する強さは立証されているのだ。イスラエルでも、湾岸戦争時にスカッドミサイルに対して地下空間が強いということが示された。核兵器に対してどれだけ有効かは定かではないが、それでも確実に地上にいるよりは地下にいる方が生存確率は高いだろう。「重要なのは、こういった知識をどのくらい自治体や学校、企業の中で教育できるかだ。そしてそれに対する訓練を怠らないこと。そのようなリスク・コミュニケーションの徹底が、1人ひとりの命を守ることにつながる」(福田氏)。

ミサイルにも、地震のBCPを応用できる(画像:Wikipedia)

ミサイルへの備えとBCP

具体的に企業はどのようにミサイルに備えるべきなのか。福田氏は、これは地震などのBCPを応用していくことが重要だとする。つまりミサイル発射を昼間(就業中)と夜間(休日含む)に分けて考えていくという、いわばBCPの初歩的な考え方の応用だ。

ミサイルの備え(1)夜間(休日含む)の攻撃

①参集体制の構築
②出勤待機・見合わせ基準
③社員の安否確認体制
④各種情報収集体制
⑤朝の段階の交通機関状況確認
⑥組織対応の連絡周知徹底
⑦復旧・復興に向けたロードマップ

ミサイルの備え(2)昼間(就業中)の攻撃

①Jアラートシステムの導入
②社内放送・情報伝達システム
③社員の避難体制の確立
④社員の避難訓練の実施
⑤周辺住民受け入れ態勢
⑥ 帰宅困難者対策(核の場合は長期避難の必要性が
あるため、長期避難用の食料・飲料水の備蓄)

さらに、可能性は低いが核攻撃が発生した場合は以下のようなライフラインの構築も推奨している。

核攻撃に耐えられるライフラインの構築

①非常用電源を地下に
②通信回線バックアップ機器を地下に
③非クラウド化重要データ・サーバを地下に
④飲料水・備蓄を地下に
⑤重要施設・備蓄保管庫の地下核シェルター化
⑥放射線量を考慮した長期的シナリオ
⑦全国的なサプライチェーンの見直し
北朝鮮ミサイル問題

総合的核セキュリティの構築へ

私たちが核から身を守るにはどうしたらいいのだろうか?(広島に投下された原子爆弾 出典:Wikipedia)

核攻撃を私たちはどのように評価すればよいのか。一般的に、リスクの大きさは、

リスク=①シナリオ×②生起確率×③被害規模

で計算される。通常ミサイル攻撃と違い、核兵器による攻撃は生起確率が低く、被害規模は極めて甚大なリスクと言えるだろう。このようなリスクに対してどのような対策をとるのか、これについては社内や自治体などの組織での合意が重要となる。

「私は、核に関しては日本としての『総合的核セキュリティ』の構築が重要と考えている。核兵器単体、原発単体で考えるのではなく、エネルギー戦略(核燃料サイクルや最終処分場問題)、安全保障戦略(核攻撃からの国民保護)、対テロ戦略(核テロ、原発へのサイバーテロ対策)、危機管理戦略(大学や研究機関、医療機関で保管している放射性物質の管理など、デュアルユース問題)の4つの側面から総合的にセキュリティを考えることが大切」と、福田氏は核問題に関するオールハザードアプローチの重要性を訴えている。

(了)

リスク対策.com 大越 聡
 

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