【連載】高橋 剛志(5)-実践型マーケティングマネジメント

第5回 工務店の強みを再考する

経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。(編集部)

マーケティングとは理論構築だ

 前号まで『在り方』『意識改革』と、マーケティングというよりは事業の根幹ともいえる基本的な思考を繰り返し整理してきました。マーケティングを「売るテクニック」と理解されている方にとっては、何を関係のない、しかもアタリマエの事を延々と羅列しているのか、と飽き飽きされる内容だったかも知れませんが、現場基軸の職人的マーケティングの構築はそのマインドを現場の実務者と共有する事が大前提であり、基礎の部分が揺らぐと全体の取り組みが足元から瓦解してしまいます。常に本来の目的に立ち返り、根本を振り返る事の重要性を考えると、回り道のようでも足元から理論を組み立てる事が必要だと考えています。

 マーケティングとは自然に売り上げ、利益が上がり続ける仕組みづくり、と定義したとき、全体を支えるのは『信頼』です。ドラッカー博士がマーケティングの最終目標として掲げられた『一切の売り込みを無くして売り上げを上げる』には、マーケットから圧倒的な信用と信頼を得ることが必要であり、私達のような資本力の脆弱な中小零細工務店にとっては非常に高いハードルだと言わざるを得ません。

 私の主催する「職人起業塾」の研修講座の中で何度も繰り返し塾生に伝えるのは「難解な問題は分解して考えろ」ということです。一切の売り込みを無くしても将来にわたって安定的な売り上げ、利益を保てるようになるという難解な命題に対してもそれは同じ事です。1つずつ問題をクリアして行く事で、最終的に目指す状態に辿り着くことが出来ると考えています。

 ドラッカー博士が示唆しているのは、マーケティングを使って、信頼に裏付けされた顧客からの質の良いリピート集客と紹介を得られる状態を作れということです。要するに、L T V(ライフタイムバリュー:顧客生涯価値)を享受させてもらえる生涯顧客といわれる信頼の絆に結ばれた人間関係をつくることから始まります。まさに、「事業の目的とは顧客の創造である」というドラッカー博士の有名な言葉通り、生涯顧客を創造し蓄積する事で事業は安定し持続継続することが出来るというシンプルな理論です。

生涯顧客と絶対エース

 その第一歩、目の前の顧客に生涯顧客になってもらうにはどうすればいいか。

 その答えは実はそんなに難しいものではありません。それは、どの工務店に訊いても生涯顧客といわれるV I P客を持っていると述べられるからであり、その生成のプロセスを伺うと、社長、経営幹部が顧客接点の窓口を務めていたから、といった理由が極めて多い。営業スキルの有る無しとは大して関係がありません。どのような小さな工務店でも責任を負うもの、裁量を持つものが顧客接点を務めるという程度で顧客との信頼関係の構築を成しており、別段変わった方法やノウハウは必要ではないからです。

 事業所の規模にもよりますが、経営者が顧客接点に登場する、しないに関わらず殆どの企業で経営者は売り上げをつくる『絶対エース』として卓越した営業成績を叩き出されます。私も含め、口べたでセールスのスキル、ノウハウを全く持ち合わせていない職人上がりの経営者であってもその傾向ははっきりと見て取れますし、売り上げの殆どを社長の人間力で稼ぎ出しているという事業所も少なくありません。しかし、社長一人の営業力に頼っていては、組織は脆弱で発展しないどころか大きなリスクを抱えるのも事実です。この『絶対エース』の強みを従業員に移植、共有してシクミとして構築したいところです。

 上述の『絶対エース現象』をもう少し分解してその理由を紐解いてみると、会社の決定権、裁量を持つ責任感、会社が存続する限り責任を取ってくれる安心感、目先の事のみに囚われない許容力等々の経営者の高い人間力を顧客が感じるからこの人に任せれば大丈夫、と顧客は安心するのではないでしょうか。そのように考えると、従業員を教育し、L T V(顧客生涯価値)を認識させ、一生の付き合いをする覚悟を伝え、顧客満足を得る為の裁量権を担当者に渡せるようになれば顧客接点は一気に強まります。

 しかし、経営者はやはり経営者であり、従業員に考え方や責任感を譲り渡し共有したところで顧客の目はやはり社長と同じとは見てくれず、経営者と同じような安定感を醸し出すまでにはなかなかいかないものです。それでも時間をかけて従業員への教育を通して経営者と同じ感覚を持って顧客に向き合えるように努力を重ねるべきだと思いますが、その効果を上げることも同時に考えなければなりません。

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