「交流証言者」牧島さん、山野さん 被爆体験を継承 初講話

 被爆者の体験を語り継ぐ長崎市の「交流証言者」事業で、長崎大4年の牧島果鈴(かりん)さん(22)と県立大4年の山野湧水(ゆうみ)さん(22)が13日、同市平野町の長崎原爆資料館で初めて講話した。“あの日”の出来事を語ってくれた被爆者に見守られながら大役を果たした2人は「今後も被爆体験を伝えていきたい」と話した。
 市は2016年度から、親族以外の人が「交流証言者」として、被爆体験を残したいと考えている被爆者から聞き取り、講話する事業に取り組んでいる。
 牧島さんが“体験”を語ったのは、爆心地から約3・3キロの鳴滝町(当時)で被爆した田川博康さん(84)。足を大けがした父親を滑石の臨時救護所に連れて行ったが、手術のかいなく翌日に死亡。「救護所に連れて行かなければよかったのでは」と苦しんだ田川さんの胸の内を牧島さんは伝えた。さらに、核兵器禁止条約の成立など現在の世界の動きも織り交ぜながら、一人一人が想像する平和を守るため何ができるか考えてほしいと訴えた。
 山野さんは、旧山里国民学校1年の時、爆心地から約700メートルの長崎医科大付属病院で原爆に遭った池田道明さん(79)の体験を発表した。池田さんが道に倒れていた被爆者に水を飲ませた数分後に亡くなった。「おいしい水をもらえて、安心して死んだんだよ」と周囲に励まされたエピソードなどを話し、自分にできることから行動し、平和の輪を広げてと伝えた。
 牧島さんは「田川さんの体験と現在の情勢をつなげて話した。講話の後、田川さんに『素晴らしかった』と言われほっとした」、山野さんは「4月からは就職で県外へ出るが、さまざまな表現方法を試しつつ活動を続けたい」と話した。

田川さんの被爆体験を継承する牧島さん(左)と池田さんの被爆体験を語る山野さん=長崎市平野町、長崎原爆資料館

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