さよなら

 チャールズ・リンドバーグといえば、大西洋を横断したあの有名な飛行家だが、北方四島のうちの択捉島に不時着したことがあるらしい▲時は1931(昭和6)年。北太平洋の新航路を開拓しようと、妻のアンさんとともに飛行中の出来事だった。島民に助けられ、東京に移った夫妻は熱烈な歓迎を受ける▲船で帰国する折、埠頭(ふとう)を埋めた見送りの人々は「さよなら」と叫んだ。意味を知って、アンさんは心を震わせたという。翻訳家の須賀敦子さんがエッセー「遠い朝の本たち」で紹介している▲左様(さよう)ならば。そうであるならば。どうしても、そうでなくてはいけないのならば。事実をあるがままに受け入れようとする、これほど美しい別れの言葉を知らないと、のちにアンさんは著書に書いた▲離日から本を著すまでの間に、夫妻は幼子をさらわれ、殺害されている。須賀さんはこう推し量る。グッドバイは「ゴッド(神)」と「バイ(~のそばに)」で「神はなんじとともに」という祈りになる。子を失ったのを境に、アンさんにとって別れとは「神とともに」から「左様ならば」に変わったのかもしれない、と▲3・11の記憶がある。卒業式があり、進学、就職、転勤がある。どうしても、そうでなくてはいけないのならば。さよならが胸に染みる3月である。(徹)

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