お許しあれよ

 ばったり人に出会い、あちらからあいさつをされたのだろう。〈年老いしあはれは顔も名も忘れ ただああとのみ お許しあれよ〉山本友一。相手の顔も名も覚えていない。どうしようもなくて、ただ「ああ」とうなずいて済ませてしまう、と▲秀歌集にこの一首を選んだ歌人の永田和宏さんはこう解説している。〈「お許しあれよ」と言ってはいますが、居直っているという雰囲気ですね。これがまたおもしろい〉▲なるほど、悠然と受け流すのも「老境」と言えばそうかもしれない。物忘れくらい、多かれ少なかれ誰だって-と、万事そう割り切れたらいいのだが▲話が車の運転の「認知機能」となれば「お許しあれよ」では終わらない。高齢ドライバーに対し「認知機能検査」を強化した改正道交法の施行から1年たった。ここ3年のうちに検査を受けた3人に1人は「認知症の恐れあり」か「認知機能の低下の恐れあり」に当たるという▲「慣れた道なのに、ふと道が分からなくなる」「前方、左右の確認をつい面倒で怠る」。こうなると要注意らしい。同乗の家族が危ないと感じたら免許の自主返納を呼び掛けたりと、目配りや気遣いは欠かせまい▲ただ「ああ」と言ってやり過ごす-そんな悠然と、淡々とした構えではいられない。高齢社会の断面だろう。(徹)

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