『死にたい夜にかぎって』爪切男 寂しさが心にそっと

「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね。カナブンとかの裏側みたい」。

 物語の序盤にこんな言葉が出てくるのは、爪切男のデビュー作だ。

「つめきり・おとこ」ではないらしい。「つめ・きりお」なんだって。昨年小説家デビューを果たした主婦こだまとともに同人誌即売会・文学フリマで活動をしていた爪。インディーズから徐々に頭角を現し、現在はウェブサイト「日刊SPA!」でエッセーを連載中。そのエッセーから特に好評だという恋愛、女性にまつわるエピソードをベースに、加筆修正を加えたのが本作だ。

 幼くして母に捨てられた少年は、祖父亡き後、父親と祖母と膨大な借金とともに暮らしていた。小学校三年まで乳の出ない祖母のおっぱいを吸い続けてきた少年は、高校生になるとダニが多そうだからという理由で学校一可愛い山村さんに休み時間のたびに顔を殴られ、挙句「虫の裏側」と嘲笑われる。

 それでも少年は大人になり、女を憎むことはなく、むしろ甘い花の蜜を求める虫のように女から女へと飛び回るようになる。そして出会ったさまざまな女たち。カルト宗教を信仰するヤリマン、ラッパーの赤毛ちゃん、テレクラのダイダラボッチちゃん、新聞配達の紺野さん、道玄坂の喫茶店の店員南さん、そして新宿で唾を売って生計を立てる最愛の女……。浮気に風俗に借金に、どうしようもない毎日だが、さまざまな女たちとの出会いによって、救われ傷つけ、癒され別れ涙を流し、そして少しずつ笑顔を取り戻していく。

 秩序なんかなくて、倫理なんて言葉も意味をなさない、あらすじだけ羅列するとクズの小説だし、実際クズなんだろうけど、それでも読んでいて温かい気持ちになるのは、淡々とした語り口の中にユーモアがちりばめられていること、そして優しさなのか諦めなのか、穏やかさに包まれているからだろうか。人はそれを寂しさと呼ぶのかもしれないが、男のそれは、私たちの心を、なぜだかそっと包んでくれる。

(扶桑社 1100円+税)=アリー・マントワネット

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