2018年度「賃上げ見通し」、「労働環境の改善」に関するアンケート調査

 2018年度(2018年4月~2019年3月)に賃上げを予定している中小企業(資本金1億円未満)は85.6%(6,098社中5,222社)だった。これは2017年度に賃上げを実施した中小企業の82.0%を3.6ポイント上回った(注)。
 賃上げを予定している中小企業の定期昇給とベースアップの中央値の合計額は月6,000円で、大企業(資本金1億円以上)の月5,500円を500円上回った。「従業員のモチベーションアップ」や「従業員の繋ぎ止め」などで、賃上げに取り組む中小企業が多いことがわかった。
 「育児や介護休業の取得促進」などワークライフ・バランスへの取り組みは、大企業が中小企業より積極的だった。深刻な人手不足の解消が先決の中小企業では「人材確保」のために賃金アップに踏み切る企業が多い。中小企業の賃上げによる1人当たり年間経費負担の増加幅は「5万円未満」が47.2%だが、費用負担は確実に増すため、今後の業績次第では経営の重しになる可能性を残している。
(注)2017年6月14日発表「2017年賃上げに関するアンケート調査」

  • ※本調査は2018年2月15日~28日にインターネットでアンケートを実施し、有効回答7,151社を集計、分析した。
  • ※賃上げ実体を把握するため「定期昇給」、「ベースアップ」、「賞与(一時金)」を賃上げと定義した。
  • ※資本金1億円以上を大企業、1億円未満を中小企業と定義した。

Q1.2018年度、賃上げを実施する予定がありますか?(択一回答)

「賃上げ予定」 大企業は89.4%、中小企業は85.6%
   アンケートの回答全企業のうち、「実施予定」は86.1%(有効回答7,151社中6,164社)だった。
 「賃上げ」の内訳は、「定期昇給のみ」が33.1%(2,368社)でトップ。次いで、「定期昇給+賞与増額」が15.4%だった。
 規模別では、大企業が89.4%(1,053社中942社)だった一方、中小企業は85.6%(6,098社中5,222社)で、3.8ポイントの開きがあった。
 「ベースアップ」実施は、大企業が32.4%(342社)、中小企業が33.5%(2,047社)で、中小企業が1.1ポイント上回った。

Q1

Q2.Q1で「賃上げを実施予定」と回答した方にお聞きします。定期昇給幅(月額)はいくらですか?(実数回答)

中央値は大企業、中小企業ともに3,000円
 全企業のうち、最多は「5,000円以上1万円未満」の29.8%(有効回答2,942社中879社)で約3割を占めた。
 次いで、「3,000円以上4,000円未満」が24.7%(729社)、「2,000円以上3,000円未満」が16.3%(480社)だった。2,000円以上の回答は、86.5%(2,546社)と9割弱だった。
 規模別では、大企業は「5,000円以上」が31.5%(380社中120社)に対し、中小企業は37.9%(2,562社中972社)だった。
 なお、中央値は大企業も中小企業も3,000円だった。

Q1

Q3.Q1で「賃上げを実施予定」と回答した方にお聞きします。ベースアップ幅(月額)はいくらですか?(実数回答)

5,000円以上 大企業24.5%、中小企業39.3%
 全企業で、最多は「5,000円以上10,000円未満」の24.3%(有効回答1,399社中340社)だった。
 次いで、「3,000円以上4,000円未満」が20.3%(285社)、「2,000円以上3,000円未満」の19.7%(276社)と続く。
 「10,000円以上」も13.3%(187社)あった。一方で、「1,000円未満」は3.8%(54社)で、ベースアップの引き上げに対する苦渋の判断が透けて見える。
 規模別では、大企業で5,000円以上のベースアップを予定しているのは24.5%(159社中39社)に対し、中小企業は39.3%(1,240社中488社)で14.8ポイント上回った。大企業の中央値は2,500円、中小企業は3,000円だった。
 大企業より中小企業の方がベースアップ額が高い結果となった。中小企業の賃上げに取り組む強い姿勢を反映しているようだ。

Q1

Q4.Q1で「賃上げを実施予定」と回答した方にお聞きします。賞与(一時金)の上げ幅はいくらですか?

30万円未満が約8割
   全企業のうち、最多は「30万円未満」が78.2%(有効回答1,677社中1,312社)と約8割を占めた。次いで、「30万円以上50万円未満」が13.6%(228社)、「50万円以上70万円未満」が3.2%(55社)と続く。
 規模別では、大企業は「30万円未満」が76.5%(200社中153社)に対し、中小企業は78.4%(1,477社中1,159社)だった。

Q1

Q5.Q1で「賃上げを実施予定」と回答した方にお聞きします。賃上げを実施する理由はなんですか?(複数回答)

「賃上げ」理由 中小企業の76.1%が「従業員引き留め」
   全企業のうち、最多は「従業員引き留め」が74.7%(4,337社中3,243社)。次いで、「従業員採用」の31.4%(1,363社)、「業績回復」が26.4%(1,147社)と続く。
 規模別では、大企業は「従業員引き留め」が65.9%(593社中391社)に対し、中小企業では76.1%(3,744社中2,852社)で、中小企業が10.2ポイント上回った。
 「最低賃金の改定」は、大企業が4.3%(26社)に対し、中小企業は7.2%(272社)だった。最低賃金のアップによる「人材確保」への中小企業の強い姿勢がうかがえるが、人件費上昇が経営の圧迫要因になる可能性を含んでいる。

Q1

Q6.Q1で「賃上げを実施予定」と回答された方にお聞きします。賃上げにより、どのような効果を期待しますか?(択一回答)

賃上げの期待 「従業員のモチベーションアップ」
 全企業のうち、最多は「従業員のモチベーション上昇」の69.5%(4,337社中3,016社)だった。
   次いで、「従業員の引き留め」の20.6%(894社)、「入社希望者の増加」の7.1%(311社)と続く。
 「その他」では、「愛社精神の向上」や「会社との信頼関係の改善」、「ダイバーシティの活性化」などがあった。
中小企業の「従業員の引き留め(離職率の低下)」は20.9%、大企業を2.7ポイント上回る
 規模別では、「従業員のモチベーションアップ」は大企業が72.0%(593社中427社)に対し、中小企業は69.1%(3,744社中2,589社)で、大企業が2.9ポイント上回った。「従業員の引き留め」は大企業が18.2%(108社)、中小企業は20.9%(786社)で、2.7ポイント上回った。
 人材の繋ぎ止めに苦慮している中小企業の実態を反映しているようだ。

Q7.Q1で「賃上げを実施予定」と回答した方にお聞きします。賃上げによる会社の経費負担は社員1人あたり、年間どれくらいを見込んでいますか?

賃上げ負担 中小企業は「50万円以上」が8.1%
   全企業のうち、最多は「5万円未満」が48.8%(4,215社中2,058社)だった。一方で、「50万円以上」も7.7%(326社)あった。
 規模別では、大企業は「5万円未満」が58.6%(578社中339社)に対し、中小企業は47.2%(3,637社中1,719社)で、大企業が11.4ポイント上回った。しかし、中小企業は「10万円以上20万円未満」が17.5%で、大企業を3.7ポイント上回った。「50万円以上」も中小企業は8.1%で、大企業を3ポイント上回り、中小企業の資金負担が重い結果となった。

Q8. Q1.で「賃上げを実施しない予定」と回答された方にお聞きします。理由は何ですか?(複数回答)

 全企業で、最多は「業績低迷」の38.8%(937社中364社)。次いで「財務体質の強化を優先するため」の30.7%(288社)、「現在の従業員の雇用維持のため」の29.6%(278社)と続く。

Q9.来年度(2018年4月~2019年3月)、貴社ではどんな労働環境の改善を実施する予定ですか?(複数回答)

 全企業のうち、最多は「人員増による一人あたり業務負担の低減」が35.9%(4,964社中1,787社)と3社に1社を占めた。次いで、「ITなど省力化投資で業務負担の低減」の22.9%(1,137社)だった。
 規模別では、「育児や介護休業の取得促進」が大企業で20.3%(638社中130社)に対し、中小企業は13.0%(4,326社中563社)で大きな開きが出た。人員が少なく人手不足感が強い中小企業は、育児・介護休業の取得促進の重要性は理解しているが、業務の振り分けが難しく支援への取り組みが遅れている。

Q1

Q10. 「賃金改善」と「賃金改善以外の労働環境の改善」(ワークライフ・バランスへの取り組み)のどちらが人材確保の上で、有効と感じますか?(択一回答)

 全企業でみると、「賃金改善」が56.1%(4,964社中2,787社)、「ワーク・ライフバランスへの取り組み」が43.8%(2,177社)だった。
 規模別では、大企業は「賃金改善」が53.6%(638社中342社)に対し、中小企業は56.5%(4,326社中2,445社)と、約3ポイントの開きが出た。


 厚生労働省が3月2日に発表した1月の有効求人倍率は1.59倍で、バブル期(1990年7月)の1.46倍を大きく上回った。また、総務省が発表した1月の完全失業率は2.4%で、「完全雇用」に近い状況となった。こうした状況から企業規模を問わず人材争奪戦は激しさを増している。
 今回のアンケートでは、「定期昇給額」と「ベースアップ額」で、資本金1億円未満の中小企業が同1億円以上の大企業を上回った。賃上げで「離職率の低下」をあげる企業の割合は、大企業より中小企業が多く、人材の繋ぎ止めに苦慮している実情を反映している。

 賃上げや労働環境の改善についての回答(自由回答)では、「即戦力人材が確保できない。平均年齢も高齢化しており厳しい状況にある」(秋田県、建設業、資本金1億円未満)や「地場中小企業は大手と給与を含む福利厚生で見劣りし、新卒採用もハンディがある」(大分県、製造業、資本金1億円未満)などが寄せられた。資金力や成長力のある中小企業は、今後も継続的に賃上げできるが、社長・従業員が高齢化していたり、資金力が劣勢の中小企業は背伸びした賃上げが経営の足かせになることも危惧される。
 賃上げの経営への影響も見逃せない。賃上げによる年間の経費負担を「10万円以上」と回答した中小企業は37.7%にのぼり、大企業の27.5%を10.2ポイント上回った。定期昇給やベースアップは退職金や社会保険料などに跳ね返るため、賃上げによる人件費の上昇以上に生産性を向上できるかが大きな課題になってくる。
 自由回答で、「原材料が値上げされても売値に反映できず、板ばさみになっている。売値を上げることができなければ、社員の賃金にも還元できず良い人材も得られない。工夫も限界」(広島県、製造業、資本金1億円未満)との声も寄せられている。

 製造業や運送業を中心に、現在のサプライチェーンは複雑に絡み合っている。大手や有力な中小企業が賃上げで人材を確保しても、サプライチェーンに組み込まれた中小企業に人材が集まらないと深刻なボトルネックを生みかねない。
 賃上げを予定している企業では、定期昇給とベースアップの中央値の合計は中小企業が大企業を上回った。だが、中小企業は無理した賃上げは経営の健全性や、効率的な生産やサービス提供のリスクと背中合わせにある。それだけに賃上げと同時に、企業の底上げに直結する経営手腕もまた、問われている。

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