『スイート・ホーム』原田マハ著 甘い幸せが教えてくれたこと

 ずいぶんと、ハートウォーミングじゃないか。

 読みながら、何度か表紙を見直した。「原田マハ」の最新刊だ。世界中に向かって毒づきたくなる夜が誰にもあることを知っていて、それが引き起こすねじれや鬱屈、それらを経てたどり着くまばゆい奇跡、あるいはひと筋の祈りを綴る作家だ。大好きだ。けれど本書は、どうも違うようだ。片思いをしていた相手から、片思いを打ち明けられる。自分とは別の女性を好いている男の告白を手伝ったら、その夜、むしろ自分が惚れられる。なかなかプロポーズしてくれない恋人にやきもきしていたら、突然、素敵にプロポーズしてくれる。あれ。あれあれ。ない。ないよ。苦みが。痛みが。甘みしかない。……当然である。本書のタイトルは「スイート・ホーム」なのである。

 朝日がはじける美しい街・宝塚に佇む、家族経営のケーキ屋さん「スイート・ホーム」を軸に描かれた短編集だ。職人気質で気は優しいパティシエの父と、自称「看板娘」の母、そして年頃に育った美人姉妹。宝石のような輝きと、温かみあふれるスイーツの味わいが評判を呼び、すっかり地元の人気店である。

 雑貨屋で働く美人姉妹の長女が、こっそり一目惚れした男性客から、逆に告白されて結ばれる。店の常連客である料理研究家が、同じく店の常連客であるスイーツマニア男子に恋をして、いろいろあって結ばれる。美人姉妹の妹は、姉のような結婚を夢見て、恋人のプロポーズを待ちわびた末に結ばれる。きっと、きっとどこかにドンデン返しが待ち受けているに違いないと念じながら読み進む。けれど重ねられていく、ぐうの音も出ない幸福の風景。こんなに心が煤けていくなんて、自分はよっぽど性根が曲がっているのだと自戒しながら読み進む。

 最後の一編は、多くの登場人物が、初お目見えと再登場を幾度か重ねて、1年の移り変わりを描き出す。ケーキ屋さん一家は相変わらず仲良しで、地元の常連客は気のいい人ばかりで、店に入ればすべての緊張が吹き飛んでしまう。どんな人も拒まず、みんなの「居場所」になってくれる店。そんなおとぎ話を信じたい季節が、そういえば遠い昔にあったなと思い出す。その頃から今に至るまでの日々で思い知ったこと。

 「居場所」は、向こうから訪れるものではない。誰かが作ってくれるわけでもない。ここがそれだと自分で認めた瞬間、「居場所」はそこに現れる。

 巻末を見て、合点がいく。関西方面の不動産会社のホームページに書き下ろされた小説たちであるらしい。確かに、こんな人たちと、こんな暮らしが待っているなら、「この街に住みたい」と思う人がいるのかもしれない。でもね、そんなスイーツばかり食べていては、土地に根ざした生活や人生なんて、ハードすぎて身が持たないですよ。人生の根をどっかりと下ろしたいなら、肉も野菜も食らうべきだ。おばちゃんライターは、そのへん、ちょっと心配なのである。

(ポプラ社 1500円+税)=小川志津子

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