守り続けた「変わらない」小田原の老舗パン屋131年の歴史に幕 小田原市

4代目の勝彦さんと妻の裕子さん

 1887(明治20)年に小田原で創業した角田屋製パン。庶民にはパン食の馴染みが薄かった時代から変わらぬ味を守り続けてきたが、後継者不在などを理由にきょう3月31日、131年の歴史に終止符をうつ。

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 父・忠顕さんが脳梗塞で倒れたことを機に鎌倉市の修業先から戻り、20代半ばで店を継いだ柳田勝彦さん(60)。自宅に併設された工場の製パン機器を一新し、4代目として歩み始めた。

 起床時間は毎日午前2時。25kgの小麦粉を使った生地づくりで一日が始まる。「パンは粉に水を入れた瞬間から劣化が始まるので、生地づくりからお客さんの口に入るまでの時間をできるだけ短くしたい」。そんな考えに基づき、作り置きしないのがポリシー。品質を安定させる生地改良剤を使えば作業時間も短縮できるが、あえて昔ながらの製法にこだわり続けた。

 妻・裕子さん(61)は、家事と両立して夫を支えた。午後6時30分の閉店まで店に立ち、夕食は後片付けをしながら。レジカウンターが食卓変わりだ。9時には夫婦で競うように寝床に入る生活を送ってきた。

 子どものいない二人にとって、「パンは我が子のよう」と勝彦さん。暖房のない工場に真冬でも薄着で立つのは、赤ん坊同然の生地に対する深い愛情からだ。「私が寒いと感じれば、生地も風邪をひいて発酵が止まる。温度計ではなく、肌感覚を大事にしたい」

 「変わらない安心感」を大切に、流行りを追いかけず地道に作り続けたどこか懐かしい素朴なパン。「昔と同じ」と喜ぶ客の姿が励みになった。

 裕子さんは、「体が続くならずっと続けたい。それ位好きな仕事」。しかし、年を重ねて過酷な労働が身に堪えるようになり、240度の高温に達する釜の前でしゃがみこむ勝彦さんを目にすることも増えた。「4代目として歴史を背負う主人には決断が難しいだろう」。思い悩んだ末、昨年12月に閉店の話を切り出した。

 2月に閉店を告げる貼り紙を掲示して以降、昼下がりには完売してしまうほど客足が増えた。「ずっとあると思っていたのに」と惜しむ客も多い。「申し訳ない思いもあるが、二人で130年を迎えられたことは本当に幸せです」

 最終日も、いつもと変わらずに客を迎える。

通りからも見えるショーケース

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