完敗で問われるバニーズ京都、『NEXT』の真意とは?

バニーズ京都 0-3 伊賀FCくノ一

【得点者】<伊賀>竹島(28,38分)、町田(78分)

パスサッカーを看板に掲げ、昨季のプレナスチャレンジリーグWESTで開幕から12戦無敗を記録したバニーズ京都SC。だが、そのパスが3本以上繋がらない。

とにかくハーフウェイラインまでが遠い。コレがなでしこリーグの洗礼か?昨季までなでしこ1部で戦っていた伊賀と、3部相当のチャレンジリーグでやっていたバニーズの実力差なのか?

試合後、「チームとしてやろうとしていること、やれることをやらなかっただけです」との言葉を残したバニーズ・千本哲也監督の真意とは?

伊賀のプレッシングに苦しみ、バニーズらしさを出せない完敗

舞台はプレナスなでしこリーグ2部。入替戦を経て昇格を果たしたバニーズ京都SCは、敵地での開幕戦でちふれASエルフェン埼玉を0-1で破る金星を挙げた。それも、昨季1部を戦った相手をシュート1本に抑える戦いぶりだった。

この日迎えたのも、昨季1部で戦った伊賀フットボールクラブくノ一。期待が高まる中、3日前の埼玉戦の勝利からか?序盤から浮足立ち、地力で勝る伊賀の猛烈なプレッシングに苦しむ。GKまで連動したハイプレスをかけてくる相手の前に、自慢のパスワークは影を潜めた。

最初は伊賀の両サイドからの突破とクロスに苦しんだバニーズ。そして最も危険になったのが20分頃からだった。サイド攻撃に対応するために守備網を大きく開くと、今季から伊賀のインサイドMFを務める元日本代表MF杉田亜未に中央からドリブルを仕掛けられる。なでしこ1部のDFでも止められない個人技を持つ杉田が時間を作ることで、前線の選手のマークを剥がして揺さぶり、<4-3-3>の両ウイングの選手がゴール前中央や逆サイドにまで進出して決定的なパスを受け始めた。

バニーズは伊賀の“幅”と“深さ”のある攻撃に前後左右に揺さぶられた。しかも、日本代表候補の新加入FW谷口木乃実(下記写真:背番号9)が、23分という早い時間帯で負傷交代となったのも痛かった。彼女は、相手の裏を狙った縦パス1本でボールを収められる選手。苦しい展開の中で陣地を回復させる狙いで初先発となったはずだった。

そして28分。右サイドに流れてきた杉田に混戦の中から突破を許すと、速いクロスが送られた。それがゴール前に入ってきた左ウイングのFW竹島加奈子に渡ると、彼女得意の左足シュートが放たれた。バニーズは伊賀に先制点を許す。

38分には自陣内で選手間の意思疎通を欠いたバニーズがパスミス。そこからまたも竹島に豪快な左足シュートを蹴り込まれ、追加点を献上した。

この追加点のような場面は90分通して頻発し、バニーズのGK山田紅葉は1対1の状況を何度も迎えた。

後半、中盤でパスが繋がらないバニーズは最終ラインからビルドアップして反撃。それでも、どうしてもシュートに繋がらず。62分には「攻撃のために」(千本監督)、FW西川樹に替えて、新加入のDF野間文美加を投入。快速CB石井咲希を右SBへスライドさせ、この日、チームが掲げるポゼッションサッカーに「最もチャレンジし続けていた」(千本監督)DF山本裕美がアンカーに入る事で、チーム1の技巧派MF松田望と近い距離でプレー。本来の“バニーズらしいサッカー”が出始めた。

しかし78分、伊賀の右SB松久保明梨のクロスを、途中出場でFWに入っていた町田朱里にヘディングで押し込まれてダメ押しの3点目。完全に勝敗がついた試合は0-3。バニーズの完敗で試合終了の時を迎えた。

真逆のスタイルを標榜しながら、理想は似ている?両チーム

ポゼッションを志向するチームが多くなったり、またはそれを意識して対抗するための策や戦術を採ったりする。男女問わず、現在のサッカー界にはそのような流れがある。それはバルセロナの影響が強く、それは多くのサッカー人が理想とするモノだったからだ。

ただ、全世界から称賛された最強バルセロナを作り上げ、2009年に3冠に導いた指揮官=ジョゼップ・グアルディオラ(現・マンチェスター・シティ監督)は「理想的な守備をするために、連続した15本のパスが必要なんだ」と常々言っている。

日本ではバルセロナの攻撃のコンセプトに注視するチームや指導者が多い。一方ドイツの新世代の指導者たちは、バルセロナの守備の部分をコピーした。

それがユルゲン・クロップ(現・リヴァプール監督)時代のボルシア・ドルトムントが使用した“ゲーゲン・プレス”であり、現在のRBライプツィヒを始めとした新興チームが掲げる“パワー・フットボール”である。昨年初めてJ1を制した川崎フロンターレが「失ったボールを5秒以内に奪い返す回数」が最も多いチームだったというデータもある。

ポゼッションサッカーを実践するためにボール支配率を上げるには、技術的なミスを減らすことは当然のごとく重要だが、それと同時に「奪われたボールを即時奪回」する必要がある。そのためにはコンパクトな陣形を作り、ボールを奪われた瞬間に複数の選手がプレスをかけなければいけない。そして、その陣形を作って攻守を連動するためにも、パスを繋がないといけないのだ。

この日対戦した伊賀は、野田朱美前監督の下でポゼッションサッカーを標榜していたものの、昨季は1部最下位で降格した。今季から6年ぶりに大嶽直人監督が復帰し、相手陣内から積極的にボールを奪いにいくプレッシングサッカーにトライしている。そのサッカーは、「攻撃的か?守備的か?」を問われたら、「攻撃的」。ただ、そこにボールの有無は関係がない。「オフェンシブ」ではなく、「アグレッシブ」なサッカーと表現できる。

現在のバニーズと伊賀は、真逆の地点から始まるサッカーを志向しているのかもしれないが、理想や完成形は意外と近いのではないだろうか?相手陣内でボールを即時奪回できる伊賀は、自然とバニーズを押し込み、野田監督時代の理想となるポゼッションサッカーを披露していた。バニーズがこのレベルで理想を体現するには、伊賀の激しいプレッシングの中でも精度を落とさないプレーが求められる。

澤田由佳=「“やっかいな場面”でもボールを受けられる選手」

今季を迎えるにあたり、2部昇格を勝ち取ったバニーズの主力選手はほぼ残留した。この日も、そして金星を挙げた前節も、昨季のフィールドプレーヤーの主力9人が先発を担っている。ただ、<4-3-3>の布陣のピッチ中央に位置してパスワークの軸となったアンカー、MF澤田由佳(対戦相手・伊賀に移籍。この日は怪我で欠場)が抜けた。

この日、そのアンカー役を担ったのは、バニーズ加入3年目で22歳の若手MF林咲希(背番号11)。そして、62分の選手交代後は、2シーズン前にこのポジションを務めていた32歳のベテランDF山本(背番号6)が務めた。

千本監督は澤田が抜けた穴について「澤田には澤田にしかできないことがあるように、林には林にしかできないこと、山本には山本にしかできないことがあります。ですので、澤田の役割をそのまま他の誰かに託すということはありません」と述べ、バニーズのサッカーを構築するうえで最も大切である選手個々の特徴を活かす考えにブレはない。

その上で、筆者は澤田由佳という選手をひとことで表現すると、「“やっかいな場面”でもボールを受けられる選手」だと考えている。

例えば、ハーフウェイラインより自陣側でボールを持った味方が行き詰まり、相手に囲まれた。あと0.5秒後には確実にボールを失う。サッカー経験者の多くが「こんな所で絶対にボールを受けたくない」と思ってしまうような“やっかいな場面”でも、彼女は積極的にパスを受けにサポートに入ってくる。それも1m未満の最短級のパスをいったん後ろ向きにトラップし、瞬時に斜め前に持ち出して相手のプレスを回避していく。

また、地味ながら彼女が得意とするDFラインに下がってボールを受ける動きも、実はかなりの技術と共に、「勇気」を必要とする。代表クラスの選手でも、この動きで致命的なミスを犯して失点に直結するケースは何度となくある。このようなプレーを何事もなかったかのようにこなすのが彼女の魅力だ。

自陣側でのプレーであるため、ミスは失点に直結はしても、得点に直結する場面ではない。それでも彼女が数的不利の局面を回避することで、ピッチ上の他の局面ではバニーズの数的有利が至る所に出来る。よく守備面で「危機察知能力」という表現が用いられるが、澤田は「攻撃の危機察知能力」に長けた選手なのだ。

つまり、澤田の穴は、ゲームを組み立てる能力やセンスというよりも、“やっかいな場面”でもボールを受ける「勇気」や「メンタリティ」ではないだろうか?そして、試合後に千本監督が言葉にした「チームとしてやろうとしていること、やれることをやらなかっただけです」とは、こういうメンタル面の欠如のことではないだろうか?

教科書は最初の20ページが大事!

昨季はインサイドMF、今季からアンカーを務めているMF林は、試合後以下のように話していた。

「アンカーになってからは、最終ラインからのビルドアップの工夫を求められています。ただ、今日は個人的なミスが多かったのと、相手のプレスには慣れてきているはずなのに、一人一人のポジショニングや選手間の距離が悪く、結果的に相手の方が人数をかける局面が多くなってボールを奪われることが多かったです。

プレースタイル的に同じ土俵で戦うわけではないですが、セカンドボールの回収や前線からのプレスの連動に合わせた中盤・最終ラインの上げ方などの基礎的なところはもっと考えないといけないと思います」

と、敗因を述べたうえで、

「相手がどの選手に喰いついているか?で、自分のポジショニングや味方に要求することが変わったりします。そういうことを常に考えながらプレーしないといけないので難しい部分はあります。

でも、私はムサタン(※)やバニーズのようなパスを繋ぐサッカーが好きです。ただ、それをこのレベルの試合でするなら、もっと頭を使わないといけないです。チームとしても、もっと細かいところまで拘わらないといけないと強く感じました」

と、バニーズのサッカーについて話しながらも、現状の課題を述べた。

(※林の母校・武蔵丘短期大学女子サッカー部シエンシアの略。“日本のポゼッションサッカーの第1人者”と称される河合一武元監督が在任最後に10番を託したのが、林だった)

どんな教科の教科書でも20ページ目ぐらいまでに最も重要なことが書かれていて、それ以降は応用や例題、ケーススタディで占められている構成が多い。「止める、蹴る、運ぶ」という基本技術の高さに重点が置かれるバニーズのシステムは、まさにそんな「教科書」のようなサッカーなのかもしれない。

ただ、社会に出てから教科書で学習したことがそのまま活かされるような場面には出くわさない。同様にサッカーでも、ピッチの上で教科書通りに展開が進むことはない。また、社会でもピッチの上でも全く同じ状況が2度起きることは皆無に等しい。

「実戦経験」が多い選手ほど、ページ数の多い教科書を持っているはずで、バニーズではDF山本やMF松田が持つモノは分厚く、林のそれは2人に較べるとまだまだ薄いだろう。これから新たなページを作っていけばいい話だ。時に8ページ目辺りに書かれている「パス&ゴー」を思い返し、15ページ目くらいの「チャレンジ&カバーの守備」を復習しながら。

そして、試合後の取材でこの日の結果に対し「悔しさしかないです」と一言した直後、FW西川は大粒の涙を流した。彼女のように情熱をもってサッカーに取り組む選手がいる限り、バニーズ京都は毎日の積み重ねの中で、今日よりも成長した明日を迎えることができるだろう!

「NEXT(次へ)」=「勝っても負けても『次』のゲームへ向けて万全の準備をすることで、これまで積み上げてきたバニーズらしいスタイルで今シーズンをぶれずに戦い抜く」とは、今季のバニーズ京都のスローガンである!

筆者名:hirobrown

創設当初からのJリ−グファンで、各種媒体に寄稿するサッカーライター。好きなクラブはアーセナル。宇佐美貴史やエジル、杉田亜未など絶滅危惧種となったファンタジスタを愛する。中学・高校時代にサッカー部に所属。中学時はトレセンに選出される。その後は競技者としては離れていたが、サッカー観戦は欠かさない 。趣味の音楽は演奏も好きだが、CD500枚ほど所持するコレクターでもある。

Twitter:@hirobrownmiki

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